第21話

 学級委員長選挙、討論の時間。


 クラスにはそこかしこでドクター・クラスメイト待望論が沸き上がっていた。

 今まで明らかに支持はしていなかった者まで、その名を口に出す。

 どこからともなく現れて、煙のように消えてしまったのだから気にするなという方がおかしいだろう。


 そして、それを後押しするような展開。


 末洞まっどの立候補だ。

 今回、初めて末洞が政見を述べるというので、クラスの中には何やら期待するような緊張感が流れていた。

 その中の多くは、やはり末洞などではダメだとあざ笑うような、悪意を抱いた期待だ。

『いじめられる方にも責任がある』なんて言葉はまったく恥知らずな言葉だけれども、悲しいかないじめられるタイプの人間は、標的になりやすい何かを持っているのかもしれない。

 世の中には、その隠れた特徴を目ざとく嗅ぎつける、いじめの資質に溢れた人間がいるのも事実だ。


 ボクの末洞に対する印象はというと、はっきり言って未知数だ。

 クラスの中でも末洞と話を交わしたことがある者などいない。


 さすがに甘噛魔あかまやドクター・クラスメイトほどの強烈なキャラクターではないだろうが、それでも自ら立候補するくらいだから意外な要素を持っているかもしれない。

 事前に盛り上がっていた噂では、全身武器のサイボーグ説と皮膚を脱ぐとエイリアン説の二つが隆盛で、このことからもクラスの者たちが正気でないことが明らかであった。


 壇上に登る際に末洞はすれ違いざまに甘噛魔の耳元で囁いた。

 それがどのような言葉であるかは他のものには聞こえなかった。


 ただ甘噛魔の尋常でない怯えた表情に、末洞の恐ろしさの片鱗を見た。


 ゆっくりと教壇にあがり、末洞は俯いたまま教卓に視線を据える。

 教室内を威圧的に見回すような真似はしない。

 顔を伏せ、何かに集中しているようだった。

 こちらに視線を合わせないで黙っていられると、逆に気になってしまう。

 クラスのみんなが自然に末洞の第一声に集中した時、末洞はそのまま口を開いた。


「は、はわ、はわわわ、はじめまして。末洞です。流星子ながれぼしこ。名前が、それです。みなしゃん、よろひころんしゅります」


 教室内は水を打ったように静まり返る。

 どもり、言い間違え、噛みまくり。

 内容は名前を言っただけ、しかもそれすらちゃんと伝わったのか不安だった。

 にも関わらず、彼女のキャラは、クラスメイトの想像していた概念をすべて塗り替えていた。


 まずは調子のいい男子、そして女子、一気に教室内は末洞を称える歓声であふれた。


 ダンッ!


 その歓声を制するように、末洞が教卓を両手で叩く。


「おひるかに!」

 末洞は前髪の隙間から目を覗かせ、震える唇でそう叫んだ。


 一瞬静まり返ったクラスから、またさざ波のようにざわざわと声が上がる。


「おひるか?」

「カニ?」

「おひるごはんのこと?」

「お静かにじゃない?」

「あー、おしずかに」


 末洞が顔をくしゃくしゃにして放った一言は、さらなる微笑ましい笑いにを呼ぶことになった。


「わた、わたちのいいたいことはしとつです。あ、あの。が、だ、だが……」


 末洞がしゃべりはじめると、クラスメイトは鎮まりその言葉に聞き入った。

 しかし、内容がいつまでたってもでてこない。

 クラスのみんなは前のめりになり末洞に注目する。


 ボクも思わず、もどかしさから拳を握りしめてしまった。


「あの、あの、わたちは……あの、なので……」

「がんばれー」

「あば、あ、はわう」

 末洞の教卓についた手、口元、肩、その全てが震える。


 まるで寒さに凍える小動物のようで、守ってあげたい気持ちが湧いてくる。


「がんばれ」

「もうちょっと」

 何も言えない末洞に声援が飛ぶ。

「ぐ、ぐす……いじょうれす」

 そう言って末洞は頭を下げると、教卓に頭をぶつけ、教壇から降りるときに、つんのめって転がり、机に戻るなり、両腕の中に顔を突っ伏して震えていた。


 その芸術的とも言える一連の流れに、クラスの中は言葉には出来ない感動に包まれていた。



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