第20話
「
そう言われてボクは間の抜けた表情を浮かべていただろう。
全く心当たりがなかったからだ。
てっきり好きとか愛してるとか、ロマンチック属性の言葉が来ると思ってたのに。
あいにくボクの頭は告白受け入れ体制に入ってるために、言ってる言葉の意味がよく理解できなかった。
「そんな選挙に出るようにそそのかせる能力があったら、ボクはまずいいねをつけてもらうようにそそのかすけど……」
「お主、どこまで! もう良い。拙忍の見込み違いであった」
甘噛魔はそう言って顔を背けた。
その姿を見ると胸がソワソワと落ち着かなくなる。
どこでボタンを掛け違えたのだろうか。
どうもこれは告白ルートから外れてしまったように思える。
いや、しかしそう見せかけてということもありえる。
十分にありえる。
自分の気持ちに気づいてくれないからと拗ねている段階なのではないだろうか。
そうとなれば話は簡単だ。
混みいった事情があるのだろう、それをじっくり聞いてあげて心をほぐしていけばいい。
別にそれは甘噛魔から告白されてイチャイチャと甘ったるい時間を過ごしたいわけではない。
目の前で困ってる女の子を見たら、ナイスガイとしては放っておけないじゃないか。
できるかぎり軌道修正をして不純な交遊ルートにたどり着きたいと思うのは、人として何もおかしくない。
ボクは顔を歪めて大声を上げた。
「あー痛い! さっき甘噛魔に押し倒されたところが猛烈に痛い! 医者からあれほど忍者に押し倒されないように言われていたのに。もうダメだ。ボクは死んじゃう。グッバイマイ人生!」
賢い人間は経験から学ぶものだ。
そしてこの作戦の完璧な部分は、ひ弱で可哀想という気持ちとともに、その原因が自分であるという罪悪感も刺激するところだ。
去りかけていた甘噛魔はボクの訴えを背中で聞き、ジャリッと砂を踏んで振り返るとボクの目の前に来た。
ボクの演技力が抜群だったからだろう。
このまま甘噛魔は恋のナイアガラの滝を落ちていくのだろう。
「これを飲め!」
「それ『ホネナオール』じゃないか。いや、骨折してないから大丈夫。そういうのじゃなくて」
「これは『ホネナオール』ではない。『ショウネナオール』ぞよ。腐りきった性根が治る我が里に伝わる秘薬ぞよ」
「大丈夫。性根は無事だから。健康そのものだから」
「飲め!」
「やだー! そんなロボトミー手術みたいのをお手軽に勧めるなよ」
「なぁに、証拠は残らない。バカは死んでも治らんが、性根は死ねば残された者たちが良く語ってくれる」
「殺す薬じゃん!」
「死ななきゃ治らんぞよ!」
甘噛魔はものすごい力で丸薬をボクの口に放り込もうとする。
ボクは必死に甘噛魔の腕を掴み抵抗するが、長年鍛えた忍者のパワーの前に、一般高校生が敵うわけもない。
「末洞はお前にとって何なんだよ?」
ボクの言葉に甘噛魔の動きがピタッと止まる。
「お主には関係のない話ぞよ」
「そうだよ。関係のないボクだからこそ適役じゃないか。甘噛魔みたいに何でも一人でできちゃう奴は知らないだろうけど、人に話を聞いてもらうってのは、気が楽になるもんだよ」
冷たい風が吹き、雲が上空を覆う。
「優れた者が、結果を出した者が、貶められる世界なんて許せない。先のことを考えず、ただその場の雰囲気に流され快楽のために他人を物笑いにする。真剣であることを笑う。努力を笑う。理想を笑う。そんな者達を許せなかった。そんな時に拙忍の背中を押してくれた者がいた。それが末洞だ」
甘噛魔の告白の衝撃を表すかのように稲妻が目の前に落ちた。
ちょうど帰りかけていた真秀呂馬くんに直撃してたけど、すぐに立ち上がって前髪を直してたのできっと大丈夫だろう。
「末洞が?」
「末洞も苦しんでいたのだ。コミュ力などと言われ、空気を読み他人に同調することが尊ばれ、それが苦手な者を排除する。たとえ有能でも、心優しくても、仲間として同調する能力がなければ、口先のテクニックがなければ認められないことを。拙忍も口先だけの者が優れた者を叩くことは許せなかった。あの時の拙忍には同じ理想を見てくれる仲間がいることが頼もしかったのだ」
末洞の気持ちも分からないではない。
ボクもそういう同調圧力が嫌な時もある。
末洞は地味な生徒だと思っていた。
そういうステレオタイプな属性に当てはめて見てしまっていたボクにも罪はあるのだろう。
「じゃ、なんで末洞は自分で立候補したんだ? 甘噛魔と同じ意見じゃないか」
ボクの顔に水滴が落ちた。
どうやら雨が降り始めたらしい。
甘噛魔はボクに覆いかぶさったまま鋭い目つきで続けた。
「末洞はドクター・クラスメイトという対立候補が出て、より過激な意見を求めるようになった。それは恨みや憎しみに近いものだ。世の中には幸せになる資格のない者、幸せになってはいけない者もいると言っていた。過去に自分をいじめた相手の幸せを願え、なんてことは拙忍にも言えなかった」
二人の関係は、ドクター・クラスメイトのせいで亀裂が入ったのだろう。
そしてついにその対立は決定的となり、末洞は甘噛魔を見限り自ら立候補することにした。
大粒の雨がボクの顔と甘噛魔の頭を叩いていた。
雨粒は彼女の顔をつたい、ボクの顔に落ちる。
「末洞は自分の意志で立候補したんだろうな。少なくともボクがそそのかしたわけじゃない。甘噛魔。お前はそんな末洞と戦えるのか?」
ボクがそう問いかけると甘噛魔がピクンと身体を動かす。
「拙忍を誰だと思ってるぞよ?」
「お前は優しすぎるからな」
「な、なにを?」
ボクは甘噛魔の頭を引き寄せた。
崩れ落ちるように甘噛魔はボクの胸に顔を預ける。
そのまましばらく甘噛魔は震えていた。
「ボクは知ってる。甘噛魔の優しさを。例えばボクが数学の課題を終わらせてないことを告げればたちどころに手伝ってくれる。甘噛魔という
「いや、絶対に手伝わないぞよ。都合よく人を使おうとする人間は唾棄すべき存在ぞよ」
甘噛魔はボクの胸に肘をついて跳ね上がると、後ずさって距離を取る。
「そうか……。ダメか。流れ的なんとなくイケちゃう気がしてたんだけど」
ボクがそう言うと甘噛魔は背中を向けて小さく吹き出した。
再びこちらを向いた時には、その顔には決意の色が浮かんでいた。
「見せてやるぞよ」
「まじで? いやぁ、言ってみるものだ」
「違う! 拙忍の信念のことぞよ。どんな者でも。たとえ
「ほら、リラックスした方がよかっただろ」
「お主、バカのくせに妙な理屈をこねるのだな」
「案外こういうのって当事者はわからないもんなんだよ」
雨は上がっており、雲の切れ間から日が差し込んだ。
「ところでなんなんぞよ! お主の気持ち悪い体液は! ヌルヌルするぞよ!」
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