第11話

 木曜日。

 実質、選挙活動は三日しか残されていない。


 しかし、それでも十分なのかもしれない。

 もはやチンパンジーよりも頭の悪くなってしまったクラスにとってこれ以上の選挙は危険だ。


 黒幕の手から逃れたドクター・クラスメイトは、どこか晴れやかで堂々としていた。

 甘噛魔あかまは相変わらず自信に満ちた態度だったが、ドクター・クラスメイトも負けていない。


「人が生きる以上、努力をするのは当然ではないか?」

 公開討論が始まり甘噛魔が先手を取る。


「努力というのは自分のためにするべきものだぜ。甘噛魔の言い方だと、学級委員長に認められるために努力をしなきゃならないみたいだ。他人のために努力を強制するというのはクソッタレだぜ」

 マスクにより細かい表情は確認できないもののドクター・クラスメイトは淀みなく答えた。


「強要しているのではないぞよ。それぞれの努力を応援しようというのだ」

「できりゃいいけどな。努力を認めようなんてこと自体がおこがましいぜ。人知れず、自分でも気づかずに、後から考えたらあれがあったから結果が出た、ということだってある。遊んでいた時間が人を豊かにすることもある。ボーっとしていた時間に考えがまとまることだってある。それを他人が事前に『それは努力だ』と判断するなんて不可能だぜ」


 ドクター・クラスメイトの鋭い切り返しに、クラスの中では「おぉ」とどよめく声が上がる。


 理屈はともかく、あの甘噛魔に対して物怖じせずに討論をする。

 その姿はやはり勇敢であり、人の心を震わせる。


 先日までただ悪口を言っているだけと思われていた分だけ、ドクター・クラスメイトの評価は上がっていた。


「なるほど、そなたの考えは壮大だな。しかし拙忍は人生を背負うわけではない。それは荷が勝つ。ここは学校で教育の場、その限られた世界において必要な努力というのは限定されるのではないか?」

「そうだとしても、どんな人にだって希望は平等にあるべきだぜ」

「いや、希望こそは自らの力で勝ち取るべきものぞよ」

 甘噛魔は力強く鋭い視線でそう宣言した。


 甘噛魔の言葉は強い。

 その一つ一つに彼女の思想が裏打ちされている。


 そもそも甘噛魔の意見と十文字じゅうもんじの意見は、相反するものではなかったのだ。

 甘噛魔の考えは能力の有る者を選ぶというもの、十文字の考えは真面目な者を選ぶという考えだ。

 甘噛魔は能力を高めるために努力をしろという。

 十文字は努力をすることでさまざまな結果が得られるというのだ。

 根本は違っても、結果的に見初められる人間はそれほど代わり映えしない。

 真面目な奴はやはり能力が高い。

 不真面目な奴はそれ相応に低い。

 世の中はマンガのように不真面目だけど実は能力を隠している者など少ない。


 そんなことは不真面目に生きていながら、やっぱり低能なボクが一番良く知っている。

 中には自分はまだ本気を出してないだけで潜在的な能力は高いはずだと信じている者もいるが、そんなもんは思い違いだ。

 能力の高い者こそ隠さない。

 隠しておけないものだ。

 現時点で能力が低いということは、本人がどれほど言い訳したところで能力は低いのだ。

 能力の高い者は言い訳する前に結果を出している。


 そして甘噛魔はその結果を出し続けてきた。

 だからこそ、彼女の言葉は強い。


 しかし、ドクター・クラスメイトこと華縞はなじまの言葉も負けてはいない。

 今まで、そのストレート過ぎる性格の影に隠れていたが、彼女の能力も高いのだろう。

 ストレートであるということは、言い換えれば素直ということだ。

 素直な人間は成長速度も早い。


 甘噛魔の、自身の経験に裏打ちされた鉄壁の堅城に対して、ドクター・クラスメイトはマスクの奥の瞳を輝かせて向き合う。

「それは自分が強いから言えるんだぜ。できる人間だから、その立場から言えるだけだ。でも人なんてわからない。いつ病気になるかもしれない。自分が弱って止むに止まれず力が出なくなった時、それでも自己責任だと納得できるのか?」

「己の矜持に揺るぎがなければできるぞよ」

 甘噛魔の揺るぎない言葉に対して、ドクター・クラスメイトは一息呼吸を飲み込み、スッと手を教卓の上に添えて言い放った。


「自分の愛する者がそうなった時に『納得しろ』と言えるのか?」


 甘噛魔はそこで初めて黙り込んだ。


 今までどんな反論も瞬時で切り返し、自信あふれる言葉で己の意見をだしていたのに。


 ボクという黒幕が去ってからのドクター・クラスメイトの舌鋒ぜっぽうは鬼気迫るものがあった。


 どこかコメディ要素のあった学級委員長選挙というのが、突然シリアスな展開に変わる。

 バカバカしいやりとりに心をつかまれていたクラスの者たちは、いつの間にか真面目な話に切り替わったところで目を離せなくなっていた。

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