第10話

「貴様はオタンコナスだぜ!」

「お主こそトントンチキぞよ!」

 再び華縞はなじま甘噛魔あかまの公開討論が開始した。


 二人の掛け合いもそうだが、それを見ているクラスメイトも、選挙が始まってから知能指数ちのうしすうがグングン下がっている気がする。


 教室内には、ドクター・クラスメイトの名前の書かれたタオルや、甘噛魔を応援する手裏剣を模した団扇を掲げる生徒が熱狂の声を上げる。

 お祭り騒ぎは、停滞したクラスのムードを振り払うのには貢献したが、早いところ決めないとクラスのほとんどの者がハムスター並の知能になってしまう。


 一方、熱狂する者たちを尻目に、あえてその波に乗らないというスタンスを貫く者もいる。

 選挙という行為自体をバカにして、冷笑的に見下している。

 だからと言って、その者たちが賢そうに見えるかというと、無理をしてやせ我慢で対抗しているようにしか見えない。


 甘噛魔派、華縞派、選挙せんきょ無関心むかんしん派の3つの派閥がクラスの中に生まれ、微妙な対立構造を作っていた。


 このまま投票日まで膠着こうちゃく状態じょうたいが続くかに思えたが、その流れをガラッと変えるキーマンがこのクラスには存在した。


 誰あろうボク、猫丸ねこま琉平りゅうへいである。


「ええい、手ぬるい! 手ぬるいぞドクター・クラスメイト! 真の権力を手に入れてこの世のすべてを欲しいままに操るのだ。このようなくノ一など、こう……なんか良い匂いするな」

 ボクが編みこみの長い黒髪に手を伸ばした瞬間に甘噛魔の表情が歪む。


「嗅ぐな!」

「甘い香り。ミルクっぽい。やはり牛乳はよく飲むのかな?」

「やかましいっ! 気持ち悪いぞよ。なんなのだお主、生理的に無理ぞよ!」

「フハハハ。いまだドクター・クラスメイト。やってやれ」

 ボクの高笑いを聞き、ドクター・クラスメイトが拳を握り肩を震わせる。


 そしてドクター・クラスメイトは顔を上げるとボクの脇腹を肘で思いっきり突いた。

 八極拳はっきょくけん裡門頂肘りもんちょうちゅうだ。


「違う、ワシではない、こいつだ。この怪しい匂いの奇天烈きてれつ忍者だ」


 再び腰を入れ、重い震脚しんきゃくと共に裡門頂肘りもんちょうちゅうを決めてくるドクター・クラスメイト。


 身体の芯に届く地味な痛み。

 息が詰まる。

 もっと平手打ちみたいなわかりやすいやつでお願いしたい。


「深刻に痛い。痛みにポップさがないよ。そこまで強くやらなくても平気です」

「もう沢山だぜ! いままで貴様の言いなりになってきたが、俺は、俺の愛するクラスメイトたちを前にそんなひどいことはできないぜ。もう、偽りの自分を演じるのはウンザリなんだぜ!」

 ドクター・クラスメイトは黒幕であるボクに対してそう言い放った。


「なんだと、よく考えて発言するのだ。この世の富の半分を手に入れられるのだぞ」

「そんなものいらないぜ! 俺が欲しいのは、このクラスメイトたちの笑顔、それだけだ! もう、貴様の言いなりになんてならないぜ!」

「こしゃくなやつめ。ワシに逆らうとどうなるか。ネットであることないこと書いて炎上させるぞ」

「好きにすればいい。俺一人が傷つくのは構わない。だがクラスメイトを傷つけるのなら覚悟しろよ」


 ドクター・クラスメイトは的確に同じ場所を肘打ちした。

 ボクの目から意図せず涙がこぼれ落ちる。

 心ではない。打たれた場所が単純に痛いんだ。


「このワシを倒したとて、また第二第三のワシが現れるであろう。せいぜいその時まで学級委員長としてクラスの士気を高めておくんだな」

 ボクはみぞおちを抑えながらよろめく足取りで退場した。


 どうだ、この稽古に通算20時間ほど費やした完ぺきな演技は。

 何もかもやり遂げた。

 地獄から来たプロモーターのメイクを落とし、今後は一般クラスメイトとして華縞の活躍を見守ろう。

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