第9話
「今回は
「
空き教室でボクは毎度のことながらメイクを落とし、華縞は消費した女子力を取り戻そうと鏡に向かう。
「一体なんて囁いたんですか?」
「内緒。ちなみにボクはああいった秘密のお友達ワードをクラス全員分用意している」
「卑劣すぎて怖い。私のもあるってことですか?」
「その時になれば自ずとわかるね」
華縞はブルッと身震いをしてから言った。
「でも、本当にありがとうございます。甘噛魔さんのあの悔しそうな顔。これで
華縞はそういうとこちらを向いて頭を下げた。
「ありがとうなんて水臭い。それよりもこの投稿見てくれ。叙情的な空だろ?」
ボクがいいねをつけて欲しい一心でスマホでSNSの投稿を見せると、華縞はじっくりとそれを見る。
そして何事もなかったかのように身だしなみを整え始めた。
無視!
こんな目の前で堂々とやられると度肝を抜かれる。
一言もない。
なんて恐ろしい精神力だ。
普通なら愛想でも言ってしまいそうなものなのに。
ボクのプライベートに土足で踏み荒らす卑劣なファインプレーは、甘噛魔の一方的な勝利を阻んだ。
その代わり、甘噛魔からは命を狙われる可能性も生まれてしまった。
このメイクがなければボクの学校生活というよりも人生そのものが終わっていただろう。
メイクを落としながら鏡を見て笑顔を作る。
もしあの地獄から来たプロモーターのメイク姿をアップしたらかなりのいいねが獲得できるかもしれないが、ネットに顔写真や個人を特定できるものは上げないポリシーがある。
そもそも容姿でいいねを稼ぐなんて、いまいち品がない。
ボクだってセクシーな自撮りの一つも上げれば、世界が放っておかないだろう。
なにしろ元々の素材がとても良い。
三日月の弦を下にしたような可愛らしいお目目。
非常にチャーミングと言える。
口元のゆるい笑みと合わせても、非常に信頼の置ける誠実そうな顔に見える。
「猫丸さん。どうしたんですか? 気持ち悪い顔して」
「いや、気持ち悪い顔をしたつもりはないよ。普通の顔。生まれつきのデフォルトの顔」
「そうだったんですか。それより、次の討論の時に、黒幕であったことを暴きましょう」
「もう?」
「はい。限界だと思うんです。甘噛魔さんも、猫丸さんのキャラがいまいちわからないって言ってましたし、クラスの者もそう思ってるはずです。なにより、私がピンときてません」
「マジかよ! 華縞の発案じゃないか!」
「そうなんですが、あまりに演技に不安がありすぎて。思ってたのと全然違いました」
「いや、ものすごい練習したんだけど。閻魔大王でも二度見するくらい完ぺきな演技だったはずだ」
「いいえ、まったくピンときませんでした」
そりゃ、ボクは演技の素人だし、そもそも地獄からやってきたとか、そんな無茶なものを自然に演技できるわけもないことを承知の上でそれなりに頑張った。
怖くて苦手なのにホラーモノの動画まで見たのに。
というか、クラスのみんなもか。
そうか。
完全に観客を魅了していると思ってたんだけど、全然出来てなかったのか。
まぁ、確かにないか。
そりゃそうか。
「なんかあれだね、ボクが出た意味ってあんまりなかったね」
「そう言うなら、ドクター・クラスメイトやりますか?」
華縞は眉を軽く上げて、片目でボクを伺う。
そんな調子のいいことを言われたところで、ボクの心は揺るがない。
誰だって人生の主役は自分だと思っている。
でも客観的に見ると、やっぱり明らかに主役としての格があるやつってのは存在する。
一目見ただけで恋に落ちさせる美形な者。
世界レベルの運動能力を持つ者。
頭のいいやつ、金が唸るほどあるやつ。
何気ない一言が、その存在感ゆえに人の心を大きく揺さぶってしまう、主役としてのスポットライトを浴びて生きてる奴がいる。
そしてそれ以外の人間は残念ながら脇役だ。
ボクは間違いなく脇役の人間で、人よりも優れたところなんてなにもないし、ドラマチックな生い立ちも野望もない。
例えばヒーローモノの漫画で主人公にいつもついているお調子者キャラ。
それがボクだ。
でも、そういうやつもいないと物語は面白くならないじゃないか。
全員が才能があり情熱的な主人公の世界なんて面白くもなんともない。
分不相応なことをしたってしょうがないのだ。
ただ一見そんな平凡そうに見えるやつがネット上では大人気だということもある。
ボクのSNSだけいいねの機能が壊れてる可能性もあるので、そこに希望はまだあるはずだ。
「まさか。華縞の活躍を草葉の陰から見守ってるくらいがちょうどいいよ」
「でも、猫丸さんがいなければドクター・クラスメイトも生まれませんでした。言ってみればドクター・クラスメイトは猫丸さんと私の二人で作り上げた合体変身ヒーローです」
子供みたいなもの、とはならないのか。
男と女が合体して変身するヒーローなんてすごい昔のマンガか特撮みたいだ。
でも、そう言ってもらえるのは悪い気はしない。
少なくとも、自分の存在が無意味ではなかったのだから。
メイクの汚れがついたけど、捨てるに捨てられないシャツも浮かばれるってものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます