第7話

 白や赤や黒という、いわゆる一般的な化粧の手順では使いそうもない色を盛大に塗りたくったメイクをして、ボクは壇上に上がった。


 クラスメイトは突如現れた奇人に当然のごとくいぶかる視線を投げつける。


 こんなメイクをして出るのは嫌だったけど、今にして思えば、正体がばれないこのメイクこそがボクを守ってくれる唯一の防具だ。


「吾輩は、地獄から来た大物プロモーターである。彷徨さまよえる子羊たちのために、クラスメイトの一人を悪魔と契約させ、学級委員長にすることにした。いでよ、ドクター・クラスメイト!」


 ボクのダミ声によって紹介された華縞はなじまは、謎のマスクマン『ドクター・クラスメイト』となり、甘噛魔あかまの対抗馬として学級委員長に立候補した。


「どんな者にも幸せになる権利はあるんだぜ! 俺はそれを阻む悪と戦い続けるぜ!」


 何者なのか、男なのか女なのかも判断できない厚着をして暑苦しいポーズを決める。


 ボクが壇上に立った時には不審そうにヒソヒソと交わし合っていたクラスメイトたちだが、ドクター・クラスメイトの登場では、そのバカバカしいノリに慣れたのか歓声が飛んできた。


 ボクの存在は完全に前座扱いだ。

 あんなに練習したのに。

 完璧なメイクまでしたのに。

 メイクがシャツの襟について、もう絶対洗濯じゃ落ちそうもないのに。


 真面目で常識的な十文字じゅうもんじでは甘噛魔に敵わなかった。

 その思いが、クラスの中にバカバカしいことを受け入れる土壌となっていたのだろう。

 狂気に対抗できるのは、また違った狂気なのだ。


 これにより候補者は二名となり、学級委員長選という民主主義に則った選挙が行われることとなった。


 甘噛魔はドクター・クラスメイトを見て驚いたのか、身体中に仕込んでいた手裏剣やマキビシなどの暗器を落とした。

 このクラスにくノ一高校生ほど個性的な生徒はいなかったし、もはや対抗馬が出るとは思ってもいなかったのだろう。


「一体あいつは誰なんだ?」

「学級委員長に立候補するくらいだからクラスの誰かに違いない」


 そんな声の上がる中、甘噛魔がよく通る声で言い放った。

「良かろう。お主が誰であれ、拙忍は挑戦を受けるぞよ」


 自分の敵となりうる存在でありながら、相手を否定せず真っ向から受けて立つ。

 ショーとしての選挙を楽しみにしていたクラスメイトは甘噛魔のその潔い態度を賞賛した。

 皮肉なことに、ドクター・クラスメイトの存在は、甘噛魔の恩情によって活かされたのだ。


「拙いながらなかなか熱の入った演技でしたね。これで悪の忍者対正義のマスクマンというわかりやすい構図ができました」

 華縞はそう言いながらマスクを脱いだ。


 拙いという評価に若干の引っ掛かりを感じつつボクはメイクを落としながら頷く。

「さっそく、代山だいやまに報告しに行かなきゃな」

「なにを言ってるんですか! 頭がおかしいんじゃないですか? こんなボサボサな頭のまま代山さんに会えるわけないじゃないですか」

 華縞は逆立った髪を撫でつけながらボクを睨む。


 普段から活発的な短い髪で、一生懸命手入れをしているようには思えなかったけど、そこには女子なりの努力があったのだろう。

 その劣情を根源とする努力は、少なくともボクにとってラーメンのメンマくらいの価値しかない。


「別に気にしないと思うよ」

「あたしが気になるんです! まったくもう、猫丸ねこまさんは女子力が低すぎますよ」

「初めて指摘されたよ、そんなこと。また欠点が増えてしまった」

「いいですか? 女子たるもの、人前では普段よりも150%マシマシでいなきゃダメなんです。姿勢の良さも、髪の巻き方も、唇の色も、香りも。そして好きな人の前ではその規程水準は500%まであがるのです。今みたいな70%の姿なんて猫丸さん意外には見せられません」

「ひょっとしてボクはありのままの自分を見せられる特別な存在ってことか」

「ゴミクズの前でおしゃれする人なんていません」

「ゴミクズ……」

「代山さんへの報告はもっとちゃんと完璧な状態じゃないと。それよりも作戦です! 猫丸さんもバカなりに一生懸命考えて下さい」

「そのアプローチで、よぉしバカなりに頑張って考えるぞぉ! とやる気を出すと思ってるのか」

「バカじゃないならもちろん、そっちのほうがありがたいですよ」

「そう言われちゃうとバカを肯定するしかないのだが。でもなかなか心をつかむ宣言だったよ。普通に立候補しても良かったんじゃない?」


「甘噛魔さんが訴えている政策はかなり極端なのに多くの人がそれを支持しています。さすが忍者だけあって甘噛魔さんの人を丸め込む話術は一流です。そんな彼女の正しさを信じてしまった者達の目を覚ますにはどうしたらいいと思いますか?」

「パッと思いつくのは……拷問?」


 華縞は首を傾げ、目を細めて深く頷きながら答えた。

「う~ん、思った以上にバカですね! 甘噛魔さんに自滅してもらうんです」

「拷問じゃなかったか。惜しかったな、カスッてた」

「全然カスッてません。織姫と彦星くらい遠かったですよ! いいですか? チクチクとつまらない悪口を言って、相手を撹乱してより低い泥沼に引きずり込むしかないんです」

「引きずり込むってことは、こっちはもうすでに泥沼の中にいるってことだな。でもそれじゃ、ドクター・クラスメイトの支持率も上がらないだろ。いくら甘噛魔が下がった所でこっちの支持率が上がらなきゃ選挙は勝てない」

「そこで現れるのが猫丸さん扮する、あのよくわからない黒幕キャラです。いままでの悪口はすべてこの黒幕に無理やり言わされていた。そして黒幕の手から離れ、己の正義を思い出したドクター・クラスメイトは、真のマスクド学級委員長へと覚醒し、人々を輝く未来へと導くのでありました」

 華縞は両手を広げ、創作ダンスの振付のように片足を後ろにあげて上方を指さす。


 理想的な未来以外、何も見えてない楽観的な微笑みで。


「それってつまり、全部ボクに罪をなすりつけるということかな?」

「はじめからそういう約束だったはずですけど。急にそんな怖い顔されても困るにゃん!」

 両手をグーにしたまま前に出して、小首を傾げる華縞。


 上目遣いであざとく心を動かしに来るが、そんな小手先の技で翻弄されるボクではない。


「そんな約束、まったく覚えがない。なんで語尾ににゃんとかつけて可愛くなってるんだ。騙されないぞ」

「好きにゃん!」

「……わかった。一度だけならしょうがない。けど、やっぱり悪口をいう意外に方法もあるんじゃないか? もっと真っ当にさ」

「おやおや、なんだか真面目なこと言いますね。どうしちゃったんですか? やる気になりましたか?」

 華縞はそう言うと肩をすくめて両手をピストル型にしてボクを指し示す。


「なんだよ、その邪悪な微笑みは。ボクは自分は不真面目だけど人にまで強制しようとは思わないよ。むしろボクの不真面目さが際立つくらい周りの人には真面目であって欲しい」

「そうですか。ただ真面目にやろうと不真面目にやろうと、学級委員長選挙はクラス全員が投票します。バカも全員参加するなら、バカに好かれた人が当選するんです」

「バカじゃない人はどうするんだ? このクラスにだってちゃんと考えてる人はいる。むしろそっちを味方につける方が大事だろ」

「でも、選挙って数が多い方の勝ちですから」

 華縞は当然のようにそう答えた。


『全ての者が幸せに』なんて掲げる割には、慈愛に満ちた女神のような性格とは正反対だ。

 華縞は自分のことしか考えてない。

 むしろ、そのいきあたりばったりな行動は自分のことすらちゃんと考えてないようにも思える。


 しかし、まさかボクが悪の黒幕だったなんて。

 確かに秘めたるカリスマ性があるんじゃないかと思ってはいたけど、ボクの心の中では人助けや夢の応援という、完全にプラスイメージの動機でやってただけに切なさがこみ上げる。


「結局この選挙で一番損をするのはボクだよな。はぁ、ツイてないな。何か一つくらいいいことがあってもいいのに。華縞の告白は嘘だし、ソシャゲのガチャではSSRが一つ出ないし、生まれてから一度もいいことがないよ」

 多少大げさに、華縞をチラチラと見ながら、ボクは可哀想アピールを全開にした。


「だったら猫丸さんがドクター・クラスメイトやってもいいですよ」 

「やだよ。そんなの余計面倒くさいじゃないか。ボクは楽してチヤホヤされたいんだ」


 華縞は上目遣いでボクを見ると、遠慮がちに口を開いた。

「大変だと思いますけど、頑張ってくれたら……ふかした芋あげます」

「昭和! 戦後まもなくか。いまどきのヤングジェネレーションがふかした芋目当てにやる気出さないだろ。この飽食の時代、無料のコンテンツが氾濫する中で生きている高校生に」

「そんなこと言われたって、ふかした芋以上に喜んでもらえるものなんてなにも持ってません」


 ボクが目を伏せてテレパシーで華縞の脳に直接アクセスを試みるが、彼女は眉間にしわを寄せて不思議そうな顔で首を傾げた。

 まったく、これだからテレパシーのない人間は困る。

 ボクもないけど、それはこの際どうでもいい。


 ボクはスマホを操作して華縞に見せながら言う。

「ちょうどボクがやってる『ゴリラ・寿司リンピック』というソシャゲがあるんだ。これは様々なタイプのゴリラが手に入れたレアな食材で寿司を作り戦うというゲームなんだけど、今ボクの紹介で始めれば食材10連ガチャが引ける石とニシ・サイボーグ・ゴリラがお互いに手に入るんだ」

「耳の奥がキーンとなるほど、つまらなそうなゲームですね」

「面白いとかつまらないという問題じゃないんだよ。ニシ・サイボーグ・ゴリラは耐久力が抜群なんだから」

「私は生まれてから一度もゴリラに寿司を握らせたいと思ったことはありません」

「まさか! 華縞さん、変わってるってよく言われない?」

「言われたことはありますけど、このタイミングで猫丸さんに言われるほど不本意なことはありませんよ!」

 ボクの気持ちを映すかのようにスマホの画面の中で四次元・カラテ・ゴリラも寂しそうな顔をしていた。

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