第3話

 翌日、甘噛魔あかまが教壇に立ち、政見を述べ始めた。


「世の中にはクズがあふれているぞよ。社会のルールはクズを基準にしたものになり、そのためのコストを真っ当な人間が負担しておる。そなたたちはそれでよいのか? 拙忍は、優れた者がその能力を発揮できる世界を作るぞよ。妬みややっかみで不条理なイジメが起きることもない。貢献した者はそれに見合った評価が与えられる、それは当然なのではないか。忍者の世界は実力で成り立っている。口先だけで成り上がるような愚か者はいない。拙忍の理想が厳しすぎると思うか? いや、このクラスの者はわかっておるはず。なぜならそなたたちは愚か者ではないからだ。優れた実力を秘めながらも、理不尽な仕組みによってその力を発揮できずにいる者達だからだ。拙忍はそなたたちの力を認めよう。もし、拙忍の意見に反する者がいたら、それはそなたたちの能力を妬むクズ共だ。徹底的に排除すべきぞよ」

 甘噛魔は尾のように太く結った髪を揺らし高らかに宣言した。


 甘噛魔の実力を知るクラスメイトにとってその言葉は凄まじい説得力を伴っていた。

 成績は上位、運動もトップクラス。

 忍者であるということが納得できてしまうポテンシャルの持ち主。

 今まであまり表立った活動はしていないし、特別仲の良い友達がいるようにも見えない。


 忍者だからそうなのか、甘噛魔の特性がそうなのかはわからないが、くノ一くのいち女子高生という肩書は彼女のイメージを増幅させる。


 ガラスでできた鈴の音のごとく高く通る声、白目がちで釣り上がった大きな瞳、その瞳によって豊かに変わる表情。

 まるでその話し方すらも忍術の一つなのではないかと思われるほど、甘噛魔あかまは人の心を惹きつけていた。


 甘噛魔は一週間待つと言った。

 それまでに他に候補者がいなければ自動的に甘噛魔が学級委員長になる。


 その猶予期間にあまり意味があるとは思えなかった。

 こんな中で誰かを推薦するなんて完全に悪ふざけだし、ましてやあの甘噛魔相手に意見を交わして張り合おうなんて正気の沙汰じゃない。

 学級委員長は甘噛魔で決まりだろう。


 そもそもボクには興味のない話だ。

 今、考えなければならないことは一つ。

 そう思いながら代山だいやまの席を見る。

 そこに代山の姿はなく、机と椅子にはカバンが寒々しく掛かっていた。

 またいつものように保健室にいるのだろう。


 ボクの心がそっぽを向いていたところで一人の女生徒がまっすぐに手を上げた。

 十文字じゅうもんじ円子まるこだった。


 そうだ、彼女がいたか。

 ボクだけでなく、クラスの誰もがその存在に改めて注目する。


「それはおかしいと思いますけど?」

 高圧的に詰問する口調で十文字は言った。


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