第2話
机の中に入っていた手紙というには簡素なメモ。
『お話したいことがあります。放課後、第二体育館倉庫にて待ってます。必ず来てください』
字体には払いや跳ねといったものがなく、どことなく柔らかく丸っこい。
そして、カラフルなシールやハンコ。
なによりも、僅かに、ほんの微かに、そのメモからはいい匂いが漂ってきた。
間違いなく、美を携えた人物であろう。
これは告白だ。
学校生活において学級委員長が誰になるのかは大事だろう。
しかし高校生にとって不純交遊の甘やかな時間に比べたら、あらゆることが些事にすぎない。
SNSでいくら素敵な写真を上げても、いいねの一つもつかない世知辛い世の中。
自分の存在価値が消滅したような絶望に襲われたとしても、イチャイチャする相手さえいれば全てが救われる。
授業が終わるとすぐに、購買部に歯磨きを買いに行って、クラスメイトから洗顔料を借りる。
身を清め、完璧になったボクは、鏡の前で何度も練習した格好良さ60%増しのキメ顔を作ったまま第二体育館倉庫に来た。
そこにはすでに彼女がいた。
意外だ。
意外すぎたけど、恋愛感情なんてのは案外そういうものなのかもしれない。
このタイプにはこのタイプが適切だと診断された相手を好きになるわけじゃない。
「なぁんだ、華縞だったんだ」
ボクはあえてそっけない感じで、これから何が起こるのかなんて全く予想してませんよ、という体で声をかけた。
華縞はその言葉を聞いて俯くと、ゆっくりと制服のリボンを解いた。
末端が外側にクルンと跳ねたミディアムヘア。
大きな瞳はたれていて、その代わり眉毛がキュッと斜めに上がっている。
半開きになった唇をゆっくりと舌が濡らしていく。
細い指、白い首、衣擦れの音。
ボクの目が釘付けになり、言葉を失っている中、華縞は恥じらいを伴った俯きからの上目遣いという超必コンボを決めてきた。
なんというか、話が早い。
早すぎる。
ボクの方でも色々な予測はしていたが、その色々という経緯をカタパルトで全部すっ飛ばして発射してしまう勢いだ。
しかしここは、全く揺るぎなく万事心得ているという態度で載り切ることこそ、未来へのビクトリーロードに通じる。
「カモ~ン……」
華縞が洋風の手つきで吐息混じりにそう言った。
いくらなんでもこんなにうまい話があるわけがない。
これは誰かがボクを騙してあざ笑おうとしてるドッキリか、もしくはボクの精神が欲望に乗っ取られて見せてしまった真昼の妄想に違いない。
脳内で警告音が鳴り響く。
だからと言って、クルッと背中を向けて「もっと自分を大切にしなよ、ベイビー」なんて捨て台詞を吐ける人間など存在しない。
ボクの頭に極太の明朝体の文字が浮かぶ。
『
そう、挑戦こそがボクたち若者に許された特権。
たとえ失敗しても、高みに挑む心意気、それこそが美しいのではないか。
恐れをなすな。
遙かなる大海原に漕ぎ出そう。
ボクたちはフロンティア。
この手で夢をつかもう。
いつの間にか脳内の警告音は勇壮なる伴奏として心を奮い立てる。
ボクは彼女に誘われるままに手を伸ばした。
その瞬間にデジタルのシャッターをきる音がそこかしこで鳴り響いた。
「は?」
華縞はすっと立ち上がるとボクにこう言った。
「証拠は撮りました! この写真を公表されたくなかったら、あたしの恋のキューピッドになって下さい!」
……なるほど、やっぱりドッキリだったか。
わかっていた。
完全に見抜いていた。
もう完全に読み通り。
その技はすでに見切ってる。
わかった上で、あえてやっただけだから全然恥ずかしいことじゃない。
ノーダメージだ。
「一応念の為に聞くと、あれか? ボクはこの流れだと、唇をしっとりと濡れそぼらせるルートには行けないか」
「行けるわけないです! しっとりと濡れそぼらせるとか、表現が気持ち悪い! どれだけ盛大な妄想を膨らませてるんですか」
華縞はたれた目をカッと見開くと、ボクの淡い期待を真っ直ぐな正論で叩き潰した。
そうか、ダメだったか。
一発逆転でOKになるという、わずかな可能性に賭けたのだけど、どうやらそれもダメみたいだ。
罠にかかったことなんてどうでもいい。
若者の勇気を振り絞った
ただすぐそこ、手が届きそうな所まで来ていた不純な交遊が遠のいたことだけが、ボクの心を打ちのめしていた。
別に嘘の告白に惑わされてノコノコやってきた間抜け面を公表したければすればいい。
そんなものは若さに任せた無軌道な交遊をロストしたボクの痛みに比べれば、消費税みたいなもんだ。
「では早速作戦会議といきましょう」
「いや、ボクを巻き込まないでくれよ。別に写真ばらまかれたって困らないから」
「猫丸さんの事情なんて聞いてません!」
華縞は言ってみればイノシシのような女だ。
勢いの比喩としては、闘牛とか、暴走列車の方が適切かもしれない。
まず勢いで行動して、思考があとからついてくるタイプだ。
声が大きく、動きが忙しく、存在感が大きい。
クラスでは多くの女子から、珍獣キャラとして愛されている一方、嫌っている者も多いだろう。
弱味を握って交渉してくるのかと思いきや、はなからボクの話なんて聞いてない。
「だったら、この手の込んだ策略は何だったんだ」
「もし猫丸さんが常識人だった時のための保険です!」
「もしって、ボクが常識人なのは低確率だったのか」
「誰だってわかります。非常識、不真面目、ふしだらのスリーアウトチェンジです」
華縞はボクの話をやっぱり聞かずに、眉毛をキリッと上げてこう言い放った。
割と的確に把握してるじゃないか。
馬鹿っぽい華縞の、意外なほどの客観的な評価に感心してしまう。
「そもそも恋のキューピッドってなんだよ」
「あたしは
なるほど、それでボクに白羽の矢が立ったのか。
まったくはた迷惑な話だ。
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