第31話
「大丈夫だって。人の多いところに行けばなんとかなるだろうし」
「アカンアカン。ピャーっと行って、シャッと取って、キューっと戻ってくるから安心せい」
「じゃ、ボクも一緒にいくよ。みんなで戻ろう」
「アホか。メガネのないやつには一歩も歩かせられへん。むしろ心配なんは自分らや。ミサキさん、ラン、チナミ。ハカセを頼むで」
「合点承知でやんす! ハカセ、ボクチンの女スパイのセクシーカンフー、略してセクシフーを撮り逃しちゃダメでやんすよ。アチョーチョーアハ~ンイヤ~ンチョー!」
チナミは腰を回しながら相手のマジックポイントを奪いそうな舞いを踊る。
「ホント、ジャックって一度言い出したら聞かないよね。わかった。早く戻ってきて」
「あぁ。自分ほんま気をつけろや? 無理に戦おなんて思わへんようにな」
「大丈夫だからって! ちょっとはボクを信頼してよ」
「アホか。そういうの死亡フラグっちゅーねんで。ホンマ心配やわ。すぐ戻ってくるさかい、動くなや。いや、なんかあったら逃げえ。なんもなかったら動くなや」
「わかったから早く行け! しつこい!」
ボクは苦笑してこっちをチラチラと振り返りながら走るジャックを見送った。
確かにボクは頼りないかもしれない。
信頼感は時間をかけて培うしかない。
いつかこの世界で生きることにも向き合い、ジャックから「任せたで」なんて言われるくらいにはなりたいものだ。
そうは言っても、ジャックが見えなくなると緊張感は今までとは比じゃないくらいに増した。
体調の悪いランも、まだ小さいチナミも、ミサキも守らなきゃいけない。
できることならジャックが戻ってくるまでヴィッチには会いたくないと祈る気持ちが湧いてくる。
「しょうがないんです」
ランがボクに向かってそう口を開いた。
一体何のことかと思っていると、ランは瞳を潤ませて鼻をすすった。
「お兄ちゃんが、逃げるときに、メガネロストしたんです。それで周りが五里霧中になって、あたしたちとはぐれて……」
ランがそう語ると、ミサキがランの肩を抱いた。
ランの兄、ロメオのことだ。
なんだか多くのことが一気に氷解した。
ジャックは出会った時からボクのメガネに執着していた。
メガネキャラだからハカセだなんて何の捻りもないニックネームをつけられたことも煩わしかった。
でも、ボクにとっては当たり前のメガネでも、彼らにとっては重要なアイテムだったのだろう。
ヴィッチになったロメオを象徴するものがメガネだったのだ。
だからメガネがなくなることを恐れた。
ボクなんかよりもずっとメガネに対しての思いは強かったはずだ。
ミサキが慣れないながらもボクの壊れたメガネを修理したのもそう言った思いがあったに違いない。
思い返してみれば、そもそもボクが助けられたのだってメガネをかけていてロメオの代わりになると思われたんじゃないだろうか。
そう考えるのはちょっと胸の奥が痛むが、それに対してすねたところでどうしようもない。
どうせボクなんて、と不貞腐れていられる余裕のある世界じゃないんだ。
きっかけはどうであれ、ボクを選んでよかった。
そう思われるようになりたい。
「ボクは生きて、みんなを守るよ!」
思わずそう口に出していた。
女の子たちは不思議そうな顔でボクを見つめてきたけど、なんだか自分を鼓舞する意味でも言ってよかった。
ジャックが戻ってくるまで。
そして戻ってきた後も。
「さすがハカセは男でやんす! ちゃんとアレを持ってるでやんすね」
「ちょっと、チナミちゃん。ダメです! そんなこと女の子が言っちゃ」
「ランも見た方がいいでやんす! 立派なもんでやんすから」
「そんな、ダメです。一大事です。ミサキさん、ここは任せます!」
ランがそう言ってミサキの背中に隠れるとミサキは微笑みながらボクを上から下まで目をそらさずに見つめた。
「いや、出さないよ。こんなところで」
「今、男気を出さないでいつ出すでやんすか!」
「男気?」
「そう、男だけが持つ、正義の魂でやんす。ボクチンも欲しいけど、こればっかりは手に入らないでやんす。ん? ランは顔を真赤にしてどうしたでやんすか?」
「ななななななんでもないですぅ。全然、無表情です。はじめから全部お見通しでしたから」
ミサキは目を細めると少しガッカリした顔で言った。
「ランちゃんはちょっと勘違いしちゃったのよね」
「してません」
「男の子にしかついてないアレって言われたら、しょうがないわよね」
ミサキの言葉に、チナミがポンと手を打つ。
「あー、ひょっとして!」
「言わないで!」
「喉仏だと思ってたでやんすね!」
「違いますぅ! のどちんこだなんて誰も思ってません! 無意識の産物です!」
「ちん……。変態でやんす! そういうことは女の子は言っちゃいけないでやんすよ。ランがエッチッチなこと言ったでやんす! いーけないんだーいけないんだー」
女子三人は、ボクのちょっとだけ空回りした恥ずかしさを吹き飛ばすようにはしゃいでいた。
「あんまり騒ぐとヴィッチが集まってきちゃうぞ」
ボクがそう言うと、ランがあっと声を上げて遠くを指差した。
少しだけ緊張しながら振り返ると、ジャックがこっちに向かってアスリートのように走ってきた。
その姿を見て肩の強張りがぬける。
なんだかんだ言って不安だったし、ジャックの頼もしさは意識している以上のものだった。
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