第30話

「なんや、この辺りやったと思うんやけどな……」


 ジャックは周りを見渡しながら不安なことを言い出した。


 確かになんとなく人の気配を感じる。

 それにここまで来る間に街の状態はひどくなっていた。

 使えそうなものは綺麗に奪い去られ建物だけが廃墟として佇んでいた。

 それは持ち運べるだけの距離に拠点があることを示している。

 辺りにビッジョはいない。


 ランとミサキはやっぱり緊張しているのだろうか、少し表情が険しく見える。


「しゃーない。見て回るしかあらへん……ちょ、待ちぃ! ハカセ! 自分どないしたんや!」


 ジャックはボクの顔を見て目を丸くすると一気に迫って肩を力強く掴んだ。


 顔の前にあったカメラが落ちそうになる。

 ぼやけたジャックの顔がカメラの奥から現れた。


「なんだよ。大丈夫だから気にしないでくれよ」

「気にするなあらへんわ! 自分、メガネどこやったん!」

「大袈裟すぎるんだよ。大丈夫だから」

「メガネなくなったらアカンやろが!」

「別にボクはメガネがなくてもボクだよ。アイデンティティがメガネに宿ってるみたいな言い方やめてくれ」

「どないしたん!」

「怒鳴るなよ。多分さっきビッジョに飛びついた時にどっかやっちゃったんだけど、でも大丈夫なんだよ。いい? 確かにボクは近視で遠くのものは見えない。1mも離れたらぼやけてしまう。でも近くならちゃんと見えるんだ。それでこのカメラ。このカメラのモニターを顔の近くでみると、遠くでも近くの映像として見れる。つまりメガネがなくてもちゃんと周りのことが見えるんだよ」

「せやけどあかんやろ! あかんわ! そないなこっちゃアカン!」


 しつこくボクにメガネキャラを押し付けるジャックに辟易しているとミサキが口を開いた。


「予備のがあったわよね。私が直した物が」


 ついにそのことに触れられてしまったか。

 あのセロテープがレンズに張り付いたメガネを掛けたくはなかったが、ここまで大事になったら拒否するのも気まずい。


 ボクは荷物の中からランの膝蹴りによって半壊したメガネを取り出した。

 そう、ミサキのセロテープによる修理がされていたあのメガネだ。

 そのはずだったのに、荷物の中で衝撃を受けたのか、フレームは折れ、レンズは大きく割れて、引っかかるように張り付いたセロテープが余計に無残さを物語っていた。


「ま、大丈夫だから。カメラがあればね。本当に、このカメラはあらゆる意味でボクの命綱だよ」

「アホか! 電池どないすんねん」


 確かに、ジャックの言うとおり、電気がいつまでも安定供給されているという希望は薄い。


 はたしてこの世界にメガネは存在するのだろうか。

 メガネというのは極めてパーソナルなものだ。

 同じ近視だからといって、他人の物を借りるというわけにはいかない。

 最近は値段も安くなったために、自分のために誂えた一点ものであるという意識が薄くなっていた。

 終末を感じさせる世界でメガネ屋が営業しているわけはない。

 レンズやフレームはあるだろうが、それを加工できる技術のある人がいるのか。

 常日頃から、特に大切にするわけでもなく身につけていたメガネが、それほど大事なものだったなんて。


「やっぱアカンわ。しゃーない、ワイが取ってくるわ」

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