第27話
片足で宙吊りになったサクラ。
前にボクがやられた格好だ。
サクラは全身をくねらせて抵抗しながら悲鳴を上げる。
ハルマの面影はあるものの、似ては似つかない顔はサクラを捕食しようと口を開く。
「ハルマ! そんなの食べたらお腹壊すでやんす」
チナミの言葉にハルマヴィッチは一瞬躊躇し、サクラを放り投げる。
サクラは建物の壁にぶつかり、地面をバウンドして倒れた。
ヴィッチ特有の虚ろな目でハルマヴィッチはチナミを見る。
しかし、そんな場面も悠長に眺めている余裕はなく、ジャックの背後、通路の奥からサクラの悲鳴を聞きつけてヴィッチが次から次へと向かってきた。
ゆっくりとした足取りで迫るヴィッチ、一方前方ではハルマヴィッチがチナミに向かって歩き出した。
ジャックはカンフーベンチを両手で構え、足を広げてファイティングポーズを取る。
逃げ場なく、追い詰められおしくらまんじゅうのように固まるボクたち。
それでも誰が言い出したわけでもないのに輪の中心にチナミを入れて守る形になった。
さっきチナミの言葉に反応したのは偶然だったのか。
絶望の幕が降りてくる中、チナミが歌い出した。
「ハルマ~、ボクらの最強ロボ。ハルマパンチは岩砕く! ハルマキックも岩砕く! ハルマビームで岩砕く! ハルマ~フィニッシュ、岩砕く♪」
その歌声を聞いて、ハルマヴィッチの動きが止まる。
「ハルマ~♪ みんなも歌おう!」
ボクはそう声をかける。
案の定、みんなの顔は困惑。
しかし、埋葬中にずっと聞かされていたこのテーマソングはみんなの耳に残っているはずだ。
やがてボクとチナミに続くようにみんなの声が出始める。
「Ah、ボクらの~、夢とおやつを載せてー。飛び立てぇ、正義の、ララララ~燃やせ~♪」
ハルマヴィッチは再び動き始めた。
もはや言葉は通じず、ただ憎しみでも悲しみでもない、感情の伴わない衝動によってボクたちに迫る。
やっぱりそうそう都合良くはいかない。
あと一歩でというところでボクは目をギュッと閉じ、訪れる惨劇、終わりの時を待った。
しばらくしてもなんの衝撃も訪れず、背後からジャックが「おい」と声をかけた。
目を見開き周囲を確認する。
ハルマは、ボクたちの横を通り過ぎ背後から迫り来るヴィッチたちに対峙した。
ヴィッチ同士の意思の疎通なんてものはないのだろう、だから迫ってきたヴィッチはハルマなど無視してボクたちを目指す。
棒立ちになったハルマ脇をヴィッチがゆっくりと通ると、ハルマヴィッチが生前の面影がないほど華奢になった腕で薙ぎ払った。
「今や!」
ジャックのその言葉を合図にボクたちは駆け出した。
「やっぱりハルマはボクチンの最強ロボでやんす!」
チナミのかけた言葉にわずかにハルマが微笑んだように見えたのは、ボクの錯覚だろうか。
「待って! 歩けないの」
駆け出したボクらの後方で地面に座り込んだサクラが悲痛な声を上げる。
「いい加減にしてくれないか。今はいつもみたいにか弱い女をアピールしてる場合じゃないんだよ」
カンダが煩わしそうに肩を上げて首をすくめる。
「本当なの。足が痛いの。お願いよ、助けてよ」
ジャックが舌打ちをしてサクラに手を差し伸べようとしたところをバールのようなものが遮った。
「やめておきたまえ。足手まといになる。君は一番の戦力なんだよ。こんな荷物を背負うことはない」
「せやかて、しゃーないやないか。痛いゆうてんやから」
「誰だって苦しいだろ。この中で五体満足、怪我も疲労もないという者がいるか? それでも自分で立てるものだけが生きる資格を持つ。合理的に考えたまえよ」
「カンダ、お願い」
サクラが潤んだ瞳でカンダに訴える。
「わかってるよね。君も生きるために多くの者たちを犠牲にしてきたはずだよ。自分の番が来たと諦めなきゃ」
「お願いよ。お願い」
「生きたかったら自分の足で歩きたまえよ。それができないなら諦めよう。もし望むなら、頭を潰してやってもいいよ」
カンダはバールのようなものを振り下ろした。
地面に亀裂が入ってバールのようなものが刺さる。
どこまでも冷酷なカンダの判断にボクは何も言えずにいた。
カンダはサクラのことは助けるような気がしてたのだ。
この中の誰が足を引っ張ってもカンダは見捨てるだろう、しかしサクラだけは見捨てないと思っていた。
それすらないのだ。
一貫はしている。
カンダはカンダで自分の理論に従っているのだろう。
ボクは感情では彼の言葉を否定したい。
しかし実際問題、体調の悪いランもいるのにサクラまで抱えることを考えると、情けないことに決断が下せなかった。
「お願いだから」
涙声になり、化粧も落ちるほど鼻水と涙をながしてサクラは訴える。
「残念だよ。でも俺はいままでこうして多くの命を見捨てて来たんだ。その生命に報いるためにも生きなきゃならない。キミ一人の命のために死んだとあったら、他の死んだ奴らに申し訳が立たないじゃないか。さ、行こう」
サクラの狂乱的な嗚咽は、しくしくと力のない泣き声に変わった。
カンダはサクラに背を向けてボクたちを促す。
その瞬間に、破裂音が響いた。
「バカ、じゃないのか……」
そう言ってカンダは膝から崩れ落ちた。
胸に赤い花が咲いた。
倒れたカンダの奥には、うつ伏せのまま短銃を構えたサクラが見えた。
「バカよ。バカだからあんたみたいな人でも一緒にいて欲しいって思ったのに。バカじゃなきゃこんな世界で生きてるわけないじゃない」
「もう……」
息も絶え絶えのカンダの口からは、血反吐と共にそれだけが絞り出された。
ジャックはサクラを立たせようと腕を引っ張る。
「やめて! 放っておいてよ」
「大丈夫や。ワイが背負っていく」
「馬鹿なの? 見てなかったの? うちは今、人を殺したのよ。そんな人間を助けてどうするのよ」
「誰がええ悪いは助かってから考えりゃええねん。自分、まだ生きてるやろ。簡単にほるなや」
「触らないで! 放っておいて! もう、放っておいてよ。どうせ死ぬなら、せめて、ちょっとでもマシだと思える瞬間に死にたいの」
問答している間に、背後ではハルマヴィッチと他のヴィッチがもつれるように転がり、それを踏み越えて大勢のヴィッチがやってきた。
ジャックはサクラに背を向ける。
サクラは最後にジャックに声をかけた。
「ねぇ、うちってそんなに魅力なかった?」
「やせ我慢すんのが大変やったわ」
「そう。やっぱりね」
微笑んだサクラはカンダの亡骸に這いより、寄り添った。
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