第15話
住宅街に出ると、ジャックは一軒ずつ様子をうかがう。
ボクも続いて後ろから覗きこんだけど、殆どの家は災害にあったかのように荒らされていた。
価値のありそうなものが残っていない辺り、ヴィッチの仕業ではなく、生きた人間がやったのだろう。
生きるために。
平時での犯罪であっても、この非常時では致し方ないこと。
それはわかりきっているけど、やはり抵抗はある。
いつか、また平和な秩序が取り戻され、元の家に帰ってきた時に、住人はどう思うだろうか。
そんな想像をしてしまうボクは、まだこの絶望的な現実を受け入れきってはいないのかもしれない。
ジャックは一軒の家に目をつけ、周囲を一周するとボクに手招きをした。
庭に面する大きな窓にはカーテンが掛けられていて中の様子は伺えない。
ジャックは懐から細いナイフのようなものを取り出すとガラスを円形に引っ掻いた。
泥棒のように手慣れた手つきで窓に傷をつけると布を当てて肘で強くそこを打ち付ける。
窓は、大きな音を立てて半分ぐらいが割れ落ち砕けた。
あの、円形に傷をつけたのは何だったんだ。
「一度も上手ぁいったことないんや……」
「なんだよそれ」
思わずそのしょうもない顛末に吹き出してしまった。
ジャックは頭を掻きながら笑顔を見せた。
大きな音がした以上、しばらくしたらヴィッチがやってくるだろう。
ジャックは土足のまま家の中に入り、キッチンを漁る。
パンや果物を手に取り、匂いをかいで持って帰るものを選別する。
「あっ! これは!」
「なんや! どないした? プロテインでも見っけたんか?」
それはクリームをスポンジでくるんだお菓子だった。
派手な英語の名前がプリントされている。
日本で売っていたとは知らなかった。
「いや、お菓子なんだけど」
「ワイはあいにく、高タンパク低脂肪しか食べられへんねん。まだイケるんなら女たちは喜ぶんちゃうか?」
「大丈夫だよ。トゥインキーに賞味期限はない。10年たっても食えるケーキだから」
「なんやそれ、キショ悪い。プロテインかて賞味期限あるんやで」
ヴィッチがやってくる前に家を離れ、食べられそうなものを抱えて戻る。
「昨日のアレな」
ジャックが横を歩きながら話しかけてくる。
ガラスで大きな音を立てたり、結構な音で家探しをしたあとなので気が大きくなってるのかもしれない。
実際、それなりに収穫があり、あとは戻るだけなのでボクの方も気が緩んでるフシはある。
「違うんだよ。あれは……」
「わかっとるわ。あのアマ、ワイっとこにも来よってん」
やっぱりそうか。
ジャックがダメだったからボク、つまりボクよりもジャックの方が先だったということで、若干劣等感がざわついた。
しかし、ボクが女性でもボクなんかよりジャックの方が選ぶだろう。
「なんか、帰りづらい」
「気にしいやなぁ。あんアマかて他のもんかて気にしてへんわ。そんなもんやで?」
「そんなわけないじゃん」
「そないなことよりもな、重要なのはハルマさんや」
「あの無口な……」
「無口なことあるか。あれほどの男はそうそうお目にかかれへんで」
「え? しゃべったの?」
ボクの問いかけにジャックは黙って首を振る。
「筋肉は時に口よりも雄弁に語るもんや。あの筋肉を見たやろ、あの人は信用できんで」
「なに、筋肉って。逆に脳みそが少なそうなんだけど」
「何ゆうてんねや。アホか。筋肉こそ信頼できるやないかい。ええか、筋肉をつけるっちゅーことは、自分の肉体に負荷をかけ続けるっちゅーことやで。辛く、苦しいもんを受け入れ、ほんでも立ち向かう勇気がなきゃ出来へんねん。あんだけの筋肉があるゆうことは、そんだけ誠実に生きたっちゅう証や。筋肉は嘘をつかへん」
そう言ってジャックは腕にムキッと力を込めてポーズを作る。
「あっそ」
思わずどうでもいい返事がでてしまった。
「自分もちったぁ筋肉つけんとアカンで」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
「筋肉は中途半端ではできへん。必死で向きあわなアカンねん。自分、必死になっとんか?」
ジャックの問いかけに、ボクはどうにも口ごもってしまった。
必死ってなんなんだかよくわからない。
映画を創ることには本気で取り組んでいた。
だけど、その本気が死ぬ気で全てを投げ打っての本気だったかというと、素直に頷くことは出来ない。
ボクの中では色々な嫌なこと、面倒なことからの逃避としてやっていた部分もある。
「ロメオっちゅーのがおったんやけどな。あいつはいつでん必死やってん」
「ロメオって……」
ボクが口ごもってると、ジャックは路地の先を指差した。
先を確かめろってことだろう、来た時と同じだ。
路地の先にヴィッチはいなかった。
ボクが手で大きく丸を作ると、ジャックが駆け寄ってくる。
ロメオというのは確か、ボクが合流する前にジャックたちと一緒にいた人として聞いた。
そして、ヴィッチに……。
その先を詳しくは聞いていないけど、やはり事態が事態だけに簡単には聞けない。
ジャックは路地を進みながら、振り返って話し始めた。
「あいつはアホやったでぇ。漫画家になるっちゅうてな、そないなもん、ようわからんけど簡単にはなれへんのやろ? 周りはみんなアホやゆうてたわ。せやけど必死やってん。アホやったなー。自分、あいつと似てる思うねん」
「え? それはアホって意味で?」
「ちゃうわ。ま、似てる言うてもメガネなとこくらいか」
「見た目かよ」
「どうかわからんけどな。きっと似てんねん。せやけど、まぁ。必死っちゅーのもあかんのかも知れんな。ワイもようわからへんねん。自分、生きぃや。何があっても生きぃや」
ジャックは幼い子供に諭すようにそう言った。
なんだろう、ジャックの物言いは不思議だった。
いつものように命令するわけでもなく、押し付けがましい説教とも思えない。
ちょっとボクとしては、急にキャラクターを変えられると戸惑ってしまう。
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