第16話
翌日の事だった。
交代でハルマとチナミ、そしてカンダが食料を探しに出かけた。
ジャックは身体を休めていた。
ボクはサクラと二人きりになると気まずいな、と思ってミサキとランと一緒にいることにした。
だしに使うようで悪いとは思ったけど、あの夜のことを持ちだされてまた喚かれでもしたら、たまらない。
ランはなんだか様子がおかしかった。
いつもより目が潤んで、顔が上気している。
こういう言い方は何だけど、普段よりも可愛く見える。
ボクが話しかけると、ゆっくりと振り返ったランはボクの顔をじっと見つめる。
あまりにも視線が突き刺さるのでドギマギしていると、彼女はボクの胸にしだれかかってきた。
「お兄ちゃん」
ボクの胸の中でランはそうつぶやく。
人生でここまで女性と近づいたのは、母の胎内を出てから初めてなボクとしては身体が硬直してしまう。
「え、あ、あの、ボクは、ジャックでは、ありませんよ」
そう言うと、ランは顔を上げてボクのことをジッと見つめてきた。
お互いの視線がぶつかり合う。
こういう時に一体どうしたらいいのか。
まっすぐに伸ばした両手を彼女の背中に回すが、触れていいのかどうかも迷う。
ランはまるでボクではなくボクの顔を突き抜けて向こう側を見つめるように、濡れた瞳でぼんやりと見つめていた。
やがて、ランの眉に力がこもり、キュッと瞳の焦点があうと、おもいっきりボクの身体を突き放した。
「なに? あ、あたし、何をしてたの?」
「抱きついてきて……」
「ウソッ!」
二重人格になったのか、それとも記憶喪失にでもなったかのように彼女は取り乱した。
ボクから逃げるようにミサキの胸へと飛び込む。
「ランちゃん、熱あるんじゃない?」
確かにランは顔が赤く、どこかぼんやりとしておかしかった。
いつもより可愛く見えるとか言ってる場合じゃない。
二階のベッドにランを寝かせて、ボクはランのためにおかゆを作ることにした。
料理の経験はないけど、おかゆくらいなら誰でも作れる。
お米を水で煮て味をつければいいだけだ。
なかなかトロトロのおかゆっぽい見た目にならない鍋を見ているとミサキがやってきた。
「ランは?」
「うん、寝たみたい。疲れが出たのかもしれないわね、色々無理させちゃったから」
そう言ってボクの横にやってきた。
ミサキのことを意識しすぎて無駄に鍋の中の米が踊るの見るしかなかった。
「本当は私が面倒見るくらいじゃないといけないのに、こんなんだから。ランちゃんはいつも私のことを気づかってくれて。なのに私は何も出来なくて……」
「ミサキさん、頑張ってるじゃないですか。こうしてボクにも話しかけてきてくれるし」
「ハカセくんは、ちょっと慣れてきたから。でもダメ。他の男の人は本当に怖くて」
「ハルマさんはね、確かにちょっと見た目は怖いですね。巨人ですもんね」
「ハルマさんもそうだけど……」
「あぁ、カンダさんか。なるほど」
ハルマの怖さというのは、主にビジュアルの強烈さによる怖さで、それは大型哺乳類の威圧感みたいなものかもしれない。
でも、カンダはなんだか隙を見せたら食い物にされてしまうのような狡猾な怖さがある。
どこか爬虫類の陰湿なイメージが重なる。
ミサキはきっと、男の人の腕力よりも、男の欲望や思想の理解できない部分が怖いのだろう。
こんな状況にもかかわらず、協力しないでどちらが上だの下だの牽制しあってるのは確かにバカバカしいし、ボクだって苦手だ。
「私、こんな風にみんなの迷惑になるくらいなら、いっそのこと……」
ミサキは思いつめた顔で俯くと、両手で顔を覆い肩を震わせた。
「何言ってるんですか。ボクは全然そんな風に思いませんよ。ミサキさんがいてくれなかったら、正直あの二人とはきつかったと思いますし。ボクの方こそ足を引っ張ったりしてますけど、でも、なんていうか、あーもう、上手く言えない」
ボクは頭をかきむしる。
数日風呂に入ってないからか、油のついた髪は逆だったままで固まる。
ミサキは微笑んで、そんなボクの頭をなでつけてくれた。
「ハカセくん、夢ってある?」
「夢ですか?」
「うん。もし好きなことができる世界になったら、やりたいこと。いまでもある?」
その問いは、世界の絶望に対する諦めから来たのか、それとも本当に何かを信じているのか。
ボクはしばらく逡巡して答えた。
きっと、ミサキは笑わないで聞いてくれるんじゃないかと思ったから。
「ボクは、映……」
「あ! お鍋焦げてる!」
ミサキはボクの言葉を遮っておかゆの火を止めた。
鍋底の米が完全に炭化して焦げ付いていたけど、見た目はおかゆっぽくなってる。
上澄みの綺麗なおかゆ部分だけを掬って目の覚めたランに出した。
ランはひとくち食べると、息を呑んでこちらを見た。
「ものすごいまずいです!」
そんはずはないと、一口もらうと、焦げ臭く、生臭く、しょっぱく、甘く、毒薬でももうちょっと飲みやすいんじゃないかというくらいの完璧なまずさだった。
ランは赤い顔をしてお腹を曲げて大笑いしていた。
「こんなまずい料理、お兄ちゃんの以来ですよ」
あまりの不味さにボクはショックを受けていたが、ランのその快活な笑いに少しだけ救われた。
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