第17話
ハルマとチナミが戻ってきた。
右の肩にはチナミを、左の肩には食料の入ってるらしい木箱を担いでる。
ボクはハルマが下ろした木箱を移動させようとして驚いた。
重いなんてもんじゃない。
とても片手では無理、両手でも数歩移動させるだけで息が切れるだろう。
思わず感心してハルマを見上げると、顎にシワを寄せ、口をへの字にして難しそうな顔をしている。
「すごいですね、こんな重い箱を」
「……」
ボクの言葉に、ハルマはやっぱり答えず。
「そうでヤンス。ボクチンのハルマは世界最強でヤンス」
ボクの前に飛び降りてチナミが答えた。
若干煩わしさを感じるお調子者だけど、子供なので不思議と嫌味に感じない。
きっとハルマもそれを納得してるのだろう。
なかなかいいコンビだ。
初めは親子かと思ったけど、ハルマは20代らしい。
チナミも10歳かそこらなので違うのだろう。
そもそも顔も見た目も全然違い、同じ遺伝子が入っているとは思えない。
ヴィッチの溢れるこの世界は、たとえチナミのような子供にでも容赦なく訪れていることを思い知る。
しかし、チナミの空気を読まない明るさは、そういった余計な気遣いを吹き飛ばすエネルギーがある。
カンダたちのチームはあまりにもキャラクターが異なりすぎていて、なんで一緒にいるのか疑問だったけど、案外チナミの存在がバランスを取ってるのかもしれない。
「チナミにいいものがあるよ。トゥインキーっていうアメリカ生まれのケーキだよ」
「ハカセのくせにバカでヤンスねー。ケーキは鮮度が命でヤンスよ。このセレブで舌の肥えたボクチンがそんな腐ったもの食べるわけないでヤンス」
「ところがこのトゥインキー。賞味期限は無限だ」
「無限!」
「そう。100年後でも美味しく食べられる」
「なにが目的でヤンスか?」
「え?」
「そんなすごいものをチラつかせて、このボクチンに何をしろっていうんでヤンスか? 身体が目的でヤンスか?」
「いや、身体は別に。チナミがいい子だからあげようと思ってさ」
「……分かったでヤンス。特別に、ハルマの腕ブランコを2分間だけさせてあげるでヤンス。本来は法王猊下でも1分半までしかやらせないでヤンスよ。特別大サービスでヤンス」
そういうとチナミはハルマの左腕にぶら下がって身体を揺らした。
そして「さぁ、早く」と言わんばかりにボクをハルマにぶら下がるように急き立てる。
やんちゃ坊主そのもので、天真爛漫に育てられたことが窺い知れる。
しかしこんな遊びは子供だから許されるわけで。
15にもなる男が、腕ブランコでユラユラ楽しむわけにはいかない。
そう思って見ていると、ハルマが空いている左側の腕に筋肉を盛り上がらせものすごくアピールしてきた。
ボクが曖昧な笑顔を浮かべて首を傾げて遠慮していると、ハルマはそのままボクに迫って左手でボクの身体を抱えた。
キングコングに連れ去られる美女のようになされるがままにボクは腕に抱きかかえられ、ハルマはボクを見て頷く。
もはやここまで。
こんな豪腕にそんな態度を取られたら、ボクのようなもやしっ子は従うしかない。
左腕にぶら下がるチナミを真似してぶら下がり、ユラユラと揺れる。
そしてこんな風に思ってしまうのは非常にこっ恥ずかしいことではあるけど、これは楽しい!
またサービス精神が旺盛なのか、ハルマはボクとチナミを両腕にぶら下げながら回転するもんだから、遠心力で身体がブンブン振り回されてこれがまた楽しすぎる。
心の奥に沈めておいた、楽しさへの欲求が一気に吹き上がり、我慢しようとしても顔が笑顔になってしまう。
「最高でヤンショ?」
「あはは、最高!」
高速で回転する景色の中で不意に気になるものがよぎった。
ハルマは疲れてきたのか、それとも2分の時間制限が終わったからか、回転を止めた。
ボクが揺れる視界の中でもう一度見ると、そこにはジャックとミサキとラン、そしてサクラがなんとも言えない表情でボクを見つめていた。
「いや、あの。これは違くて。あの……」
久しぶりに笑ったためか、表情が笑顔のままで固着してしまいなかなか元に戻らないまま、ボクはしてもしかたない弁明をする。
白い目、というのだろう。
呆れ、そしてバカにした、コミュニケーションを拒絶する絶妙な視線だった。
「一人おらんのとちゃうか」
ジャックがそう言った。
カンダのことだろう。
名前も呼びたくないという気持ちが言葉から伝わってくる。
「そういえばカンダさんは?」
ボクがチナミに聞くと、チナミは100年物を食べてなかったかのようにトゥインキーにむしゃぶりつき、顔中をトゥインキーのクリームでツヤツヤにしていた。
「いつもみたいに荷物持ちたくないって言って先に帰ったでヤンスよ」
「え? 戻ってきてないけど」
ボクがそう言うと、部屋の空気がねっとりと重くなった。
誰もが口を閉ざし、部屋の中にはチナミがトゥインキーに食らいつく音だけが響く。
ヴィッチにやられたのではないか。
口には出さないけど誰もが頭の中でそう考えているだろう。
自業自得といえば自業自得かも知れない。
単身で行動をすることが危険なことくらいカンダだってわかっていたはずだ。
ボクとしてはあんまり悲しいという気持ちはなかった。
よく知らないというのもある。
ジャックに比べたら話せそうだとは思ったけど、どこかで信頼しがたい胡散臭さも感じていた。
それにあの時よりもジャックと仲が深まってしまったために、対立しているカンダの存在はちょっと厄介にも思い始めていた。
だからと言って死んでいいほどではない。
この世界にどれほど人類が残っているのかは分からないが、これからの人生で出会う人間は多くはないだろう。
その一人がいなくなったというのは、やっぱり気持ちに暗い影がさす。
沈鬱なムードが漂う中でジャックが声を上げた。
「ほな、探しに行かなな」
その言葉に驚いてジャックの顔を見る。
ボクだけじゃない。
他のみんなもまさかジャックからそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。
そのくらいジャックとカンダは反りが合わないことが誰の目にも明らかだった。
「なんやねん!」
みんなの驚き、物言いたげな視線を受けてジャックはそう言った。
「行くの? 探しに? カンダを?」
ボクが戸惑いのために文章をならない言葉を吐くと即座にジャックは答えた。
「当たり前やん。仲間やないか」
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