第18話

 ジャックの発言は意外ではあったけど、そう言われてしまうと嫌とも言えない。

 もし自分だったら、そう考えてしまうとどれだけ心細いことか。

 かと言って、手放しで賛成できるかと言われればそうとも言えない。

 ミイラ取りがミイラになるという可能性だって高いのだ。

 確かに助けにいけば美談になるだろう。

 人としての倫理を考えてもそっちの方がいいはずだ。

 だけどそれは、自分の命と天秤にかけるだけの価値があることなのか。

 そんな風に考えてしまう自分が嫌になる。


 ジャックはボクとは正反対だ。

 はっきり言ってあんまり賢いタイプとは言いがたい。

 だけどそれだけに、妙な計算や自分の行動に対する言い訳など考えずに答えを出すのだろう。


「嫌よ。だって危ないじゃない」


 そんな言いづらい否定的な言葉を放ったのはサクラだった。

 頬を赤く染め、甘ったるい匂いがする。

 おそらくかなり酒を飲んでいるのだろう。


「せやかてほっとくわけにはいかんやろ」

「自分で勝手に危ない目にあったんだからほっとけばいいのよ」


 感情的に憎悪をぶつけるようにそう言う。


「ま、ええわ。どのみち、女は行かせられんさかい、男が交代で行くしかないな。ええな?」


 ジャックはボクとハルマの顔を伺って言う。


 言ってることはわかるんだけど、ジャックやハルマに比べてボクは男としての存在感は薄い。

 多分、ステータス的にもランやサクラと変わらないくらいだ。

 だからといって、こんな場面で男だけだなんて不公平だと言えるわけはなかった。


 ハルマは無言で力強く頷く。


「いいけど」


 ボクもしぶしぶ同意した。


「ただな、ワイは今日はあんまり動けへんねん。ハルマさんはわかると思うけど……」


 ジャックがそう言いかけた時に店のドアが大きな音を立てて開いた。

 飛び込んできたのはカンダだった。


「いやー、危なかった。もう大変だったよ。ヴィッチにモテちゃってモテちゃって。あれ? なにかパーティでもはじまるの?」


 集まってカンダ見るみんなの視線に、彼はニヤついて応える。


「自分なぁ!」

「まぁまぁ。そういう楽しい時間は一旦お預けにしよう。なんかよくわからないけど、いっぱいついてきちゃったんだよねー」


 カンダの言葉を確かめるためボクがドアを開けようとすると、その僅かな隙間にヴィッチの腕が侵入してきた。


「アカン!」


 ジャックがそう叫んでドアに体当りする。


 女性たちは悲鳴を上げた。


「いやぁ、こりゃもうダメだね。早いところ逃げた方がいいよ」


 まるで他人事のように無責任にカンダは言った。


 窓の外を伺うと正確に数えるのも難しいほどの数、十数体のヴィッチが群れていた。

 壁やドア、窓に身体を押し付け、後ろからも押され、呻き声を立てている。


「なにしくさっとんねん!」

「だってしょうがないじゃない。帰ってくれって言っても聞いてくれないんだし」

「わざわざ連れてくることないやろ! どっかで巻いてくればええやんけ」

「それが難しかったんだよねー。ヘタして死んだら元も子もないでしょ。なに? 俺に死んで欲しかったの? ひどいこと言うなぁ」


 カンダはにやけた顔でそう言った。


 言ってることはおかしくないかもしれないが、それにしても人の神経を苛立たせる。

 ナチュラルに人を煽る言葉が出てくるタイプのようだ。

 ジャックと違って言葉に比重を置いているからこそ、話せそうだとも思ったのだが、話は通じても気持ちは理解できそうにない人だと今になって痛感した。


「とりあえず持てるもんだけ持って二階に登りや」

「逃げる気なの?」

「他にどうすんねん」

「でも、ランの体調が良くない。サクラさんだってあんな調子だ」


 ボクがジャックにそう言うと、ジャックは椅子にもたれ座るランと、座敷にしなをつくって座るサクラを見た。


「あたしは大丈夫です」


 ランがそう答えたが、顔が赤くとてもじゃないが普通とは思えなかった。


 ジャックはそれを見て目を細める。


「しゃーない。戦うか。せやけど、ワイ……」

「そうだ。さっき動けないとか言ってた。ひょっとしてどこか怪我でも?」


 ボクがそう言うとジャックは首を振る。

 そしてハルマに向かって言った。


「ハルマさん、自分今超回復なんですわ」


 その言葉にハルマの眉がピクッと動いた。

 太い首でゆっくりと頷くと、ハルマはジャックの腕を軽く叩き、音が響くほどの強さで自分の胸をドンと拳で叩く。


「えらいおおきに。軽い負荷ならなんぼでもやりますんで」


 ジャックが頭を下げると、ハルマは首を横に振って親指を立てた。

 口よりも雄弁に筋肉は語ると言っていたけど、二人の会話の意味がまるでわからない。


「どういうこと? 怪我は大丈夫なの?」


 ボクがそう聞くとジャックは答えた。


「怪我やないねん。超回復や。ええか? トレーニング後の48時間から72時間の間は筋肉のゴールデンタイムやねん。この時間にいっちゃん筋肉が太るねん。ここで安静にせな、せっかくの苦しいトレーニングが水の泡なるんや」

「……は? 筋肉?」

「せや! 筋肉がいま、ワイの中で静かーに回復しとんねん」

「何言ってんだよ。筋肉とかどうだっていいだろ」

「どうでもええことあるか! これからどないなるかわからへん中で、明日を生きるために、信じられるんは筋肉だけや」


 ジャックが力説するのに乗じてカンダが口を挟んできた。


「そうそう。人にはそれぞれ事情がある。できればボクも遠慮したいな。なんてったって疲れちゃったから」


 カンダは大きく伸びをしながらそう言った。


 もはやこの男に対しては誰も何の期待もしていない。

 ハルマの活躍は頼もしい。

 でも、ジャックのプロ拳が使えないとなると、ボクも頑張らなきゃならない。

 あの時のヴィッチに襲われた時の感覚が蘇り、異常に喉が渇く。


「あたしは大丈夫だから」


 そう言いってランが立ち上がった。


 しかし、そんなランの膝をチナミ後ろからカックンと突いた。

 へたり込むように椅子にもたれるラン。

 そしてチナミは素早くハルマの太ももに抱きつく。


「ボクチンのハルマに任せて女子供はすっこんでるでヤンス! いくでやんすハルマ! 大いなる力を解き放つでやんす!」

「はいはい。じゃ、俺は後方の守りを受け持ちますよ。こっちまでヴィッチやらないでよね~」


 カンダはランとミサキの間で、まるでボクらを見送るように手を降る。

 ミサキは少しでもカンダから離れようと身体を傾けていた。


 チナミがちょこまかと動きまわって色々なものを集め始めた。


「武器や防具は装備しないと意味が無いでヤンス」


 そう言うとハルマに鍋のような巨大なヘルメットと、分厚い革でできた作業用手袋を差し出す。


「ハルマ、アームオン! 完成、ギガントハルマ!」


 チナミはハルマの肩によじ登り、ヘルメットを勢い良くかぶせる。

 肩車のまま、ドアの外のヴィッチたちを指さす。

 ハルマはそのチナミを片手でひょいっと掴み上げると地面におろした。


「フンマッ!」


 そう吠えるとハルマは力こぶを作る。


「ダメでやんす、ハルマ! ギガントハルマはボクチンが頭上から的確な支持を出してこその最強ロボ。頭脳担当のボクチンがいなければ戦闘力は十分の一でヤンス」


 チナミが駄々をこねたが、ミサキが抱きかかえチナミを抑えた。

 それを見てハルマが見た目の凄さにそぐわぬ笑顔を作った。


 女性たちの視線を背に、ボクたちはドアを開いた。

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