第14話

 結局ボクはその後、一睡もできなかった。

 眠れないくせに眠いというアンビバレンツな体調なままボーっとしていると、ジャックがやってきた。


「行くで」


 それだけ言ってボクを顎でしゃくる。

 ベースボールキャップにスタジャン。

 肩にはカンフーベンチを担いで準備万端といった感じだ。


 何の相談もなしに身勝手に命令されるのは嫌だったけど、昨夜の出来事を考えると、強く出れない。

 白い目でみんなから無視され、危険人物として距離を置かれることすら想像していたので、ズケズケと無理矢理コミュニケーションをとってくるジャックの遠慮のなさは少しありがたかった。

 一番最悪なのは事情を説明する猶予も与えられないことだからだ。


「帽子ないんか?」

「別にいらないでしょ」


 そういうとジャックは眉を寄せてしばらく考えこむ。


「ちょい待ちいや」


 一度奥に引っ込んだジャックはすぐに戻ってきてボクに帽子を放った。


 それはえんじ色のサファリハットで赤とオレンジの紐がついていた。

 ボクの今までの服装の概念からすると派手すぎる色合いだ。


「いいよ、別に」

「ファッションやない。防具や」


 確かに外はヴィッチが溢れているわけで、ひょっとしたら頭をかじられるかもしれない。

 その時に、帽子があればギリギリ命を繋げる可能性もある。

 ゲームじゃあるまいし、帽子に防具という意識を持ったことはなかったけど、今いる世界はそういう世界なのだ。


「あ、ありがとう」

「なんやねん」


 ボクが礼を言うと、ジャックはキャップを目深に直し笑った。


 店舗を出て、まずは周囲にヴィッチがいないかをチェックして周る。

 やはり自然の太陽の光は眩しく、なんだか身体にエネルギーが充填されるようだった。

 引きこもっていた時はそんなことは思いもしなかったけど。


 この店舗は二階の外階段があるために、逃走経路が二通りある。

 表の出口からは広い通り、裏からはすぐに塀の迫った狭い道が通っている。

 どちらも見通しがいい。

 そう考えると、ここを拠点としたのは割と理にかなっていて、持ちこたえるのは難しいかもしれないけど一時的な拠点としてはよくできている。

 ボクはそんな風に見ながら、頭の中でカットを切っていた。

 もうゾンビ映画なんて撮ってる場合じゃないというのに。


 周囲の安全を確かめた後、しばらくジャックのあとをついて歩く。

 目的は食料の確保。

 武器や防具もいいものがあれば手に入れたいが、荷物になるので二の次だという。

 そして、逃げ遅れた者がいたら、それも救助するらしい。

 カンダたちに対して、あからさまに不満そうな態度をとっていたというのに。


 きっとジャックという男は、ボスでありたい人間なのだろう。

 力関係で自分より下のものを従えて悦に入りたいのだ。

 助けだすということは恩を着せることでもある。

 ボスとして作っていった組織に、新たな力関係が入るのは気に食わないのだろう。


 遠くに人影らしきものが見えたけど、ゆらゆらと目的のない歩き方で一目でヴィッチだとわかった。

 どういう習性があるのかはわからないけど、ヴィッチは数体が群れている。

 ボクの知ってるゾンビの知識だと、音や匂いに惹きつけられるため、お互いの出す音に誘われて集まりやすいというのがあるが、ヴィッチもきっとそんな感じなのだろう。


 ジャックが振り返り、人差し指を唇の前に持ってきて頷く。

 ボクも無言で頷き、足音に注意して歩く。

 ヴィッチを避け、路地を進む。

 ジャックは振り返ると、無言で路地の先を指す。

 向こうを覗いてヴィッチがいるか確認しろという意味だろう。

 ボクが路地の先を伺うと、そこにもゆらゆらと歩くヴィッチたちがいた。

 ボクは腕で大きくバツ印を作ってジャックに見せる。

 ジャックは大きく笑顔で頷いて、違う道を行こうと指示を出した。


 そんなことを繰り返し進んでいくと、不思議なことにボクの中に今までとは違う感覚が生まれていた。

 無言のアイコンタクトでお互いに意思の疎通ができたせいかもしれない。

 目的を同じくして、まるで共通の秘密を抱えているような行動の中で、自分でも思っていなかった信頼感が生まれていた。

 そして、無言で任務を達成して進んでいくのは、こんな状況でありながら不謹慎にも楽しさを覚えた。

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