第13話
いろいろなことがあり、体力精神共に疲弊していたんだろう、ボクはソファに横になるとすぐに眠りについた。
夜半、物音に目を覚ます。
ボクが寝ているところは個室といえば個室だけど、二階の住居部分をパーテーションで仕切ってある事務所として使われていた部屋だった。
店舗となっている一階からは、二階に来る経路は二つあった。
外側についている鉄製の階段から来るのと、店舗奥の屋内階段からだ。
ボクのいる事務所は外側の階段にすぐ通じている。
屋内階段から続く住居部分はハルマとチナミが休んでいるはずだった。
外側の階段、つまりそこはヴィッチたちが闊歩する世界だ。
そう考えると急に不安になり、動悸が激しくなる。
あのヴィッチが階段を登れるのか、ドアを開けるだけの知能があるのかはわからないし、こんなところをピンポイントで狙うよりは、ジャックたちが休んでる一階の店舗の方に群がるだろう。
そうなれば、それなりに騒がしくもなりボクだってさすがに気づくはずだ。
しかし、特にそういった気配もない。
ただその静寂のせいか、余計に音に敏感になってしまう。
コッコッゴッとドアに何かが当たる音。
ヴィッチがここに迫っているのかと一瞬身体がすくんでしまう。
しかし、もしヴィッチが来たのなら他の人も気づくはずだ。
音の主を確かめる勇気はなく、傍らにあった電気スタンドを武器として抱えドアを凝視する。
ドアが開き、閉まる音。
忍ぼうとしていない雑な足音。
気配は間違いなく、ボクの方に迫っていた。
暗さに目が慣れてはいるけど、はっきりと視認できるというほどではない。
そしてパーテーションの端に、白い手がかかった。
覚悟はしていたものの、悲鳴を上げそうになる。
パーテーションの脇から覗いた顔は女性だった。
ヴィッチか。
ボクは身を硬くする。
「起きてるんでしょ?」
女はそう言って腰を振りながら近づいてきた。
サクラだ。
「相手してよぅ」
胸に抱えた電気スタンドをつけるとサクラの姿が明かりの下で明確になった。
身体に張り付くボンテージ。
サクラはボクのいるソファに座ってもたれかかってきた。
シャンプーか香水の匂い、甘ったるい酒の匂いもする。
女の年は聞かないの、とかなんとか言ってはぐらかされたが、おそらくジャックとそう変わらない17か18歳くらいらしい。
未成年で飲酒をしているということは悪いことだけど、この世界でその程度のことを悪いことだと言い出したらきりがない。
「怖いの。一人じゃ嫌なの。わかるでしょ?」
ボクの膝に手をおいて擦る。
「カンダさんがいるじゃないですか」
「つまらないこと言わないの」
「そ、そんなことしてる場合じゃないでしょ」
「だったらどんなことしてる場合なのよ」
「隣でチナミくんが寝てるんですよ」
「余計スリルがあるじゃない」
「まずいですって」
「うん、初めてなの?」
「初めてとか、二回目とか、そういう問題じゃないでしょう」
「なによぅ、やせ我慢しちゃって」
「我慢じゃないけど、無理です」
ボクはサクラの身体を押しのけ、部屋の隅へと退避した。
ゆらり、と照明の角度が変わったせいか彼女の表情が激変したように見えた。
「なんなのよ。バカにして! あんたたちなんなの? あんたも、あのジャックってやつも! ホモなの? ふざけんじゃないわよ。バカにしないでよ」
キンキンした声でそう叫ぶと傍らにあったものを乱暴にボクに投げつけてくる。
「男のくせに! バカ、バカ! あぁ~ん! あぁぁぁぁぁ~ん!」
罵倒から転じて、今度は子供のように声を張り上げて泣きだした。
「ヒック! ふぁああああああん!」
しゃくりあげ、息を吸い込むと更に大きく泣き叫ぶ。
やがてドタドタと足音がひびき、ドアが乱暴に開けられた。
最初に飛び込んできたのはジャック。
続いて面倒くさそうにカンダが顔を出した。
ボクが状況説明に詰まって振り返ると、背後にはハルマとチナミ。
そしてその奥には無表情でこちらを見るミサキとランがいた。
乱れた衣服でわざとらしく泣き叫ぶサクラと部屋の隅で呆然とするボク。
それを見つめる全員の目は、冷たかった。
客観的に見て、この状況を説明するならば、ボクがサクラに乱暴しようとした風にしか見えなかっただろう。
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