第12話
そう思ってジャックを見ていると、彼はボクの視線に気づいて近づいてきた。
「自分なぁ!」
そう言いながらボクの顎をそのごつい指で押さえつけた。
首を絞められ強制的に上を向かされる。
顎の骨の付け根、耳の下の辺りを思いっきり締められて痛みが走る。
この抵抗できない暴力に対して理不尽と恐怖で思考が混乱する。
そのジャックの腕をカンダが掴み、ボクの顔から外した。
「もう暴力はやめたまえよ。彼女にいいところを見せたかったんだろ。しょうがないじゃないか。俺のおかげでヴィッチにならなくて済んだわけだし、許してやりなよ」
「なんや、そのヴィッチ言うんは?」
「ヴィッチはヴィッチだよ。バイオなんだったっけな? なんか英単語の頭文字を取ってVITCHとかいうやつ。キミたちはなんて呼んでるの? あの、アレのことだけど」
「普通に、ゾンビや」
「あ~。最初はみんなそう呼んでたなぁ。でもほら、いわゆる俺達が想像するゾンビと見た目があまりにも違うもんだから。別の彼女たちに相応しい名前が必要になったんだよ。『ギャルゾンビ』『ゾンビッチ』『ヴィッチ』『不死娘ちゃん』地域によって勝手に呼んでるみたいだけどね。でも未だに『ゾンビ』なんて呼んでるとは、結構情報が遅いじゃぁ~ないの?」
「そんだけ生きんのに必死やったんや」
カンダはふふん、と頷く。
「わかるよ。合わなかったんでしょ? 避難所の人々が。ああいうところにいる人は辛気臭いからねぇ」
避難所なんてものがあったことをボクはその発言で知った。
さすがに人類が三人をのぞいて絶滅していたとは考えなかったけど、こんな世界でも人間はそれなりに生きているのだろう。
「でも大丈夫。これからは助けあって生きてきゃいい。自己紹介くらいしてくれないのかな?」
「ジャックだ」
名前だけ名乗るとジャックはミサキに目配せをする。
「ここはあたしに任せてください! あたしがランで、こちらの一番綺麗な方がミサキさんです。ちなみにミサキさんにちょっかい出したら、ぶっちょばします!」
ランはミサキをかばうようにしてそう言いのけた。
ミサキはランに遠慮してるのか、小さく会釈をしただけだった。
「こいつはハカセや」
ボクがどう名乗ろうか逡巡しているとジャックが勝手にそう言った。
もうそういうコードネームとして受け入れた方がいいのかもしれない。
ジャックだって完全に日本人の関西人で、どう見てもジャックなんて名前じゃない。
今までの生活の全てが変わってしまった中で、名前なんかにこだわるほうがおかしい気がしてきた。
「そっけないでやんすねぇ。もうちょっとチャームポイントとか言った方がいいでやんすよ。ちなみにボクチンのチャームポイントは光り輝くキューティクルでやんす」
チナミはあらゆる光を吸収するような赤いパーマの塊をポムポムと弾ませた。
「最初に聞いておきたいんだけど、君らはどういう関係なの? いや、男と女はさ、三角関係がこじれて面倒くさいことになるなんてよくあるだろ?」
カンダがそう聞くと、ジャックとミサキは顔を合わせて二人して視線を下げた。
「どうでもええやろ、そないなこと」
「そうかな? 俺の経験上、男女の混成チームは恋愛から壊れるんだよ」
「ワイらはみんな兄妹みたいなもんや」
「ほっほ~う、そうなんだ。そこのハカセくんは、納得いかなそうな顔してるけど?」
カンダの言葉で、みんなの視線がボクに集中する。
確かにジャックが断言した時に、自分も含まれているのかと驚き顔に出てしまったかもしれない。
「しかし、わからないものだよ。毎日生きるか死ぬかのストレスの中、男と女、まぁ、同性同士という可能性もあるけど、そういう感情が芽生えないことのほうが難しいからね、兄弟同然といえども」
カンダは早口にまくし立てる。
「いつまでおるつもりや?」
ジャックは苦々しげに言った。
カンダはその言葉に驚いた表情をしたが、一瞬で穏やかな表情に切り替える。
「よくないなー。そういう言い方をすると嫌な気分になるじゃないか。一緒に仲良くやっていけばいいだろ」
「ワイらはワイらでやってんねや」
ジャックはそう言い切ったが、そのワイらとはボクを含めてるのだろう。
ボクに聞くことなく勝手に決めている。
そのボクの心の中には、さっきジャックから殴られた痛み、顎を押さえつけられた屈辱からの憎悪がくすぶっていた。
カンダは胡散臭すぎるが、個人的にはまだ話が通じる気がする。
はっきり言って直情的ですぐに暴力をふるうカンフー野郎よりはマシだ。
なにより、いつまで続くのか先の見えないこの生活において、奴隷のように下っ端扱いされて過ごすのはゴメンだった。
「ボクは、一緒にいたほうがいいと思う」
そう言うとジャックはボクを睨みつけた。
自分で言っておきながら足が震える。
「勝手にせえ!」
そう言ってジャックは奥に去っていった。
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