第5話

 ゾンビがミニスカートと決まっているのなら、ボクは初めて出会って言葉も交わしたことのない女性のパンティに挑み続けた完全な変態になってしまう。


 ランは背中でミサキをかばいボクから距離を取る。

 眉が逆立ち、口をへの字に曲げて上が欠けた半月型の瞳でボクを睨みつけた。


 ボクはボクなりに役に立つところを見せようと勇気を振り絞ってゾンビに立ち向かったのに。

 結果としては最悪で、生き残った人類にも後ろ指を指される結果になってしまった。

 こんなことなら変に見栄をはらずにゾンビのことなんて知らない、ただ引きこもっていただけだと打ち明ければよかった。

 バカにはされるかもしれないけど、変態の汚名を背負って生きていくよりはマシだ。


「ハカセともあろうもんが理由もなしにそないなことをするわけ無いやろ。そや、きっと何かチェックしてたんちゃうか? どや、正解やろ?」


 ジャックがボクの手を引いて立ち上がらせながらそう訪ねてきた。


「……はい。正解です」

「せやないかと思っとったわ。なんせハカセやもんな」


 さっき見栄を張ったことを悔やんだばかりなのに、流されるままにまた嘘をついて自分の小さなプライドを守ってしまった。


「え? 本当ですか? あたしのパンティ見たくないんですか?」


 ランは訝る表情で首を傾げてそう聞いてきた。


 なんだその質問は。

 どう答えるのが正解なんだ。

 そりゃ、本心としては見たいよ。

 男子たるもの、チャンスのあるパンティなら全て網羅したいくらいだ。

 でも、この流れから言って「見たい」なんて答えたらド変態であることを認めるようなものじゃないか。

 かと言って「見たくない」というのも、まずい気がする。

 女心というものは複雑で、自分に興味が無いと言われると、それはそれでムカついてしまうものではないか。

 この返答は、ボクの人生の重大な分かれ道になる気がする。

 ボクはメガネを直すと、キリッと真面目な表情で言った。


「人はパンティのみにて生きるにあらず」


 ボクがそう言うと、ランはキョロキョロとミサキとジャックの方を不安げ見る。


 どういう意味かなんて、言ったボクにもわからない。

 でも、ここはあえて自信満々の顔でハッタリを押し切らなければ、もう引くに引けないのだ。

 ボクは目に力を込めてズイッと一歩進む。


 ランは気圧され半歩下がって、目を泳がせた。

 ボクはそのままランを見つめ続ける。

 ランは、小さい口元をふるふると震わせて泣きそうに目尻を下げた。

 ここぞ! と踏み切り、ボクはニッコリと笑った。


「そ、そうとは知らず、ごめんなさいです。あたしったらいつも早とちりしちゃいまして」

「いいんです。こんな状況ですから、過ちもあります」

「いい人ですー! ハカセすごいいい人なのに、あたしったら紅に染まる流星膝蹴りを繰り出しちゃっいました~」


 ミサキは声を上げて天を仰ぐ。

 名前は最高にダサいし、見た目も低予算のアクション映画で女スパイがやりそうな技ではあるのだけど、さっき食らった一撃は視界に星が舞うほど強烈だった。


「ワイが女性用に編み出した近接型の技や。今のはええ感じやったで」

「もう史上最低です! 本来はもっと膝のバネを使わなきゃいけないのに、焦っちゃって練習通りできなかったです。この技は人を傷つけるために習ったんじゃなく、自分の身を守るためでしたのに。これじゃただの暴力少女です。凶悪アマゾネスなのです!」

「そないなことないで。世界中のアマゾネスを探したかて、ランほど優しいアマゾネスはおらんわ」


 泣きそうになるランに困り果てたように、ジャックがボクをつつく。


「そうです! ちょうど顎が外れそうで困ってたのに、がっちりハマりました。むしろ助かったくらいです。ボクが出会ってきたアマゾネスにもここまで優しい膝蹴りを撃てる人は、まぁいませんでしたね」

「本当ですか?」

「もちろん、本当ですよ。今まで顎に受けた膝蹴りの中で一番心地良いやつでしたよ。もうね、今日を膝蹴り記念日として日記に書き記しておきたいくらい」

「いい人すぎますー! ハカセって言うから悪いロボットや凶悪な毒ガスを開発してるのかと思ったら、いい方のハカセでした! ミサキさん、信用できますよ!」


 ランが振り返ってそう言う。

 改めて見ると、なかなか可愛い女の子ではある。

 目つきは若干悪いけど、その威圧的な感じが好きな人もいるだろう。

 大きな口も快活さを表していて、どこか好感が持てる。

 もちろん、それはいままで美少女のようなゾンビという異形を見すぎていたせいで、普通の女の子のもつ雰囲気にホッとした部分もあるかもしれない。


「でも、人はパンティのみにて生きるにあらずって、全然意味わからない。膝蹴りが嬉しいって言うのもちょっと気持ち悪いと思うんだけど」


 ミサキはランの陰からボクをチラリと見ると、そう言ってすぐに背中に隠れた。

 身長はランの方が少し低そうなので、ミサキは背中を丸めてやたらと小さくなっている。


「確かにです! あたしも全然意味わからなかったんですけど、完全に雰囲気に飲まれてたました。ひょっとして口先だけで人民を惑わす悪い方のハカセなのです? ミサキさん、ここはあたしに任せてくださいませ!」


 ランはまたしても警戒して半身で構える。


 ジャックはランの頭を手で軽く撫でていった。


「しゃーないがな。どんなクズやろうと変態やろうと、仲間になったんや。お互いに仲良うせなな」


 ジャックの言葉にランはしぶしぶといった表情で頷く。


 あれ? 結局ボクは変態の汚名を着たまま仲間として受け入れられてしまったのか。


「ミサキさんはちょっと男が苦手やねん。そこがかわええとこやねんけどな。ランは、まぁアホやからどうでもええわ」

「ちょっとどっこいです! あたしはアホじゃなくて、お転婆なだけです!」

「一応言ぅとくで。仲間泣かしたら、自分切り刻んでおいしい味付けして熱帯魚の餌になってもらうから覚悟せえ。ほな、仲直りの握手や」


 ジャックはそう言ってミサキとランの背中を叩いてを前に出した。

 ランはモジモジとしながら、遠慮がちに手を前に差し出す。

 ミサキは完全にボクを恐れているようで、袖から僅かに指だけ出した手をこちらに伸ばした。


 ボクとしてはこれから時間をかけて誤解を解いていかなければならない。

 そしてこれが、その第一歩になるのだ。

 握手をしようとランの方に一歩進んだところで、足元に放り出されたスーパーの袋に躓いてバランスを崩した。

 とっさに手を出したその先にはランの腰のあたり。

 体勢を整えようとした結果、ランのショートパンツはずり落ち、ボクの目の前にはパンティの薄い布一枚があった。


「ひにゃぁぁぁああ!」


 本日二回目の必殺、紅に染まる流星膝蹴りが炸裂した。

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