第4話

「メガネ、大丈夫か? 予備のあったら持ってきいや」

「なんでメガネ」

「ハカセ言うたらメガネが一番大事やろ」

「ボクはハカセなんかじゃない!」


 ボクが大きな声でそう否定すると、ジャックはその言葉を遮りさらに大きな声を出した。


「待ちぃや。アレなんや? 嘘やろ? ホンマもんなんか? こんなところで?」


 ジャックが目を丸く見開き、ワナワナと震えながら庭に出る。

 ジャックが掴んだのは母親がガーデニングに使っていた花の鉢を置く木でできた棚だった。

 横から見るとアルファベットのAのような形の上部に板が渡されている日曜大工でも作れそうなシンプルな作り。

 ジャックは上に載ってる花の鉢植えを何の躊躇もなく落とし、それを天に掲げる。


「こりゃぁ、伝説のカンフーベンチや!」


 ジャックは器用に足でソレを回転させたり蹴り上げたりしながら、肩に引っ掛けるような形で担いだ。


 ボクはスーパーの袋を拾い上げ、落ちた食料を雑に放り込むとジャックに続いた。

 リビングを出たジャックは、廊下をキョロキョロと見回し玄関から外をうかがう。

 ボクが靴をつっかけて追いつくとジャックは振り向かずにに言う。


「静かに。音立てたらあかん」


 家の近所の見知った道であるはずなのに、人影も、音もないその光景は、初めて見るかのような不安を覚えた。

 見通しの良い通りに出ると、遠くにうつろに歩く人影が見える。

 おそらくあれも美少女なのだろう。


「気ぃつけや」


 ジャックが囁く。


 振り返ると、道路と他人の敷地の境界辺りに美少女が三人ほどあおむけで転がっていた。

 目は見開かれ、口元には微笑を宿し、手は虚空をつかもうと上がっている。

 その三人の美少女はどれも、スカートが捲れ、パンティがずり降ろされていた。


 あの美少女が人外の者だったとしても、躊躇せずに殴れる自信はない。

 ボクは人間に、いや、人間以外にも暴力を使ったことはないし、確固たる意志を持って相手を傷つけた経験もなかった。


 ジャックは背中を向け、周囲に気を配りながら早足で歩いて行く。


 なんとなく成り行きでゾンビ博士みたいになってしまったけど、こんなアニメの世界から飛び出てきたようなゾンビは知らない。

 そのことがバレたらどんな仕打ちが待ってるかわかったもんじゃない。

 失望され、馬鹿にされるだけならいい。

 腹いせに暴力を振るってくるかもしれない。


 事実、さっきのゾンビ美少女に対しては容赦の無い暴力だった。

 考えるだけで殴られた頬が痛み、背中に汗が伝う。

 どこかで一発、ボクができることをみせつけて、少なくとも役に立つ所をアピールしなければ。

 頭のなかで綿密にシミュレーションをする。

 今度美少女が現れたらジャックが行動するよりも先に、サッと前に躍り出て素早くパンティだけをズリ下ろす。

 判断、覚悟、そして機敏さが重要だ。


「サッと近づきパンティ……。サッと近づきパンティ……」


 小さく口の中で繰り返して自分の内なる覚悟を高める。


 ジャックはキョロキョロと辺りを見回している。

 見通しのいい通りを進み、左右を確認すると、ジャックは目の前の飲食店のドアをリズミカルにノックした。

 ドアが開き、中から女の顔が見えた。

 ジャックが身構える前に、ボクは覚悟を決めて低い姿勢で一気に詰め寄る。


「サッと近づきパンティ」


 スーパーの袋を投げ出す。

 固い地面のタイルにカンフーベンチが落ちる甲高い音が響く。


「サッと近づきパンティ!」


 近づき狙いを定めた時に、それに気がついた。


 ロングスカート!

 足首まである長くタイトなスカートだった。

 これをパンティが露出するまでめくり上げるのは、かなりの精度が要求される。


 しかし、ここまできて逃げる訳にはいかない。

 ボクはロングスカートの裾に手を伸ばすべく、更に重心を低くして手を伸ばした。


 直後、脳天に鈍い痛みが。

 見上げるとそこには、白い足。

 もう一匹の美少女が横からボクを襲ってきたのだ。


 幸い、頭を踏まれただけで噛まれたわけじゃない。

 ここでやらなければ逆に自分がやられる。

 ボクはその白い足をたどり、あとから来た美少女のパンティを目指す。


 しかしボクの目の前に現れたのは、絶望を具現化したショートパンツだった。

 太ももまで露出しているというのに、パンティへのアプローチはとてつもなく困難だ。

 ショートパンツという堅牢な牙城に阻まれ、ボクの心は折れそうになる。

 それでも、最後の力を込めてボクはショートパンツのウエストのボタンに手をかける。


 サイズがピッタリとしたショートパンツのボタンは指が入り込む余裕がなくかなり堅い。

 涙目になりながらボタンに手こずっていると、美少女の膝が素早く跳ね上がり、ボクのアゴをヒットした。


 視界が天を仰ぐ。

 あぁ、ここでボクの人生も終わりか。

 ゾンビに食べられて死ぬのだ。


「ビックリドッキリド変態です!」


 ゾンビはまるで女の子のような叫び声を上げた。


「ド変態ちゃう、新メンバーや。見てみぃ、このメガネ。ハカセやで。ゾンビのことなら髪の毛の先から指毛の数まで知っとるっちゅぅ噂や。こっちはラン、ワイの妹や。ほんでミサキさん」


 ボクに膝蹴りを決めた髪を複雑に結ったショートパンツの女がラン。

 そして肩までの真っ直ぐな黒髪のロングスカートの女性がミサキらしい。

 どちらもゾンビではなく、こうして改めて見ると、普通の人間にしか見えない。


「だってミサキさんのスカートとか! あたしのホットパンツ狙ってきたんですよ。ミサキさんに手を出すのはこのあたしが許さないんですから!」


 ランが激しい剣幕で顔を真赤にしてそう言った。


「それはゾンビが……」

「ゾンビはミニスカートに決まってるじゃないですか!」


 ボクの言葉にかぶせランはそう言い放った。


 そんな法則知らなかったんだけど。

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