第2話
逃げ出さなければ。
二階に戻ろうかと思ったけど、それじゃ追い詰められるだけだ。
激しく鼓動する心臓を感じながら、ボクはガラスの割れている窓の方へとダッシュした。
靴のことや服のこと、サイフとかそういうものはどうでもいい。
そんなものは穏やかな日常にとって必要なものであって、今ここにある、ボクの望んでいたものとはまた違う非日常では全く意味が無い。
しかし男は窓の方へと視線を向けると身体の向きを変える。
大きく両手を回しながら身体を回転して同時に一気に距離を縮めてきた。
遠心力の乗ったキックはボクの身体をかすめ、前を通り抜けた。
「ハイィィィー!」
ボクの身体に当たらなかったキックは鈍い音を立てて炸裂し、ボクの目の前で人影が吹っ飛んだ。
男の背中越しに見ると、倒れていた人はスカートを履いた女性だった。
男は片足でバランスをとって立ち、ポーズを決めている。
ひどい、卑劣、可哀想。
そんな感情よりも、一瞬でも自分の命が伸びたこと、そしてこの状況がなんなのか、この女の子は誰なのか、この男はなんなんだと混乱だけがボクを襲う。
「あかん。音聞いて集まりよったわ」
吐き捨てるように男は言った。
この暴力的な強盗を? この女性はなに? 女性捜査官なのか?
よく見ると倒れている女性は美少女だった。
それも、あんまり見たことのない違和感を覚えるほどの美少女。
いや、見たことはある、見たことはあるんだけど。
髪は鮮やかな青で艶がない、肌は透き通り白くまるで血の通わない陶器の人形のようだ。
そして特徴的なのは目の大きさ、顔の半分もあるんじゃないかというほど目が大きい。
鼻は小さく尖って唇は肌の色とは対照的に赤く、血をすすった直後のような鮮やかさだった。
世間では見ないタイプの美少女、むしろアニメなどの二次元のキャラクターデザインを無理やり三次元に持ち込んだ現実離れしたフィギュアのような造形だった。
倒れている美少女は眼の焦点が会わずに口をパクパクとさせ、手を宙でもがきながら起き上がれずにいる。
「後から後から飽きもせんと。ファン感謝祭かっちゅぅねん」
男は割れた窓の外を見て苦々しそうにつぶやくと、ボクを睨みつけた。
「なにしとんねん! 早よ、そいつのパンティ剥ぎ取れや!」
男がレザーグローブで指し命令をする。
言っていることの意味がぜんぜんわからない。
ただの強盗じゃなくて変態なのか?
強姦の手伝いをして共犯になるくらいなら、殺されたほうがマシだ。
いや、殺されたくはないけど、どっちがマシかといえばだ。
自分の中に灯る僅かな正義を絞り出し、拳に力を込めてボクは首を振る。
しかし男は、そんなボクの内なる戦いを見ることもなく、窓の外からやってきた人影の胸を蹴りあげる。
倒れた人影は、またもや眼を見張るアニメ的な美少女だった。
あまりの惨劇に気分が悪くなってくる。
胸の奥から沸き上がる吐き気を抑えていると、最初に蹴り倒された美少女がボクの腕を掴んで起き上がろうとした。
細い腕の割に力が強く、握りしめられた腕は痛み、重みで倒れそうになる。
「大丈夫で……」
ボクがそう言いかけた瞬間に。
「ぁにしとんねんな!」
男がボクを押しのけ美少女の腕を踏みつける。
「……ゃめりょ!」
『やめろっ!』と言いたかったはずのボクの言葉は、興奮と恐怖と呼吸の乱れによって意味不明の叫びとなって飛び出した。
男はボクを睨みつけると、腰をかがめ倒れている美少女のスカートを捲り上げ一気にパンティを下ろした。
ボクは無力にも、それを見守るしかできなかった。
そしてやりきれない感情を抱えながらも、どうしても美少女のアソコに視線がいってしまう。
そこには何もなかった。
ただ皮膚の延長というなめらかな肉体があるだけで、肌色の足の付根というだけだった。
コレって、こういう風なんだっけ?
なんだか騙されたようで釈然としない。
困惑しているボクに男は眉根を寄せて言った。
「現実を受け入れなあかん。こいつらはゾンビや。死んどんねん。もうパンティずり下ろす以外なんもできんのや」
「は?」
「自分の気持ちはわかるわ。せやけど、そないなこっちゃ生きていけへんやろ。パンティずり下ろさなこいつらは何度でも蘇りよる。人を襲い続けんねん」
「これがゾンビだって?」
「そないおもろないリアクションはええねん!」
男は大げさな動きでボクの疑問を雑に処理する。
こいつは大変なことになった。
ただの犯罪者じゃない。
脅迫的な妄想に囚われた話が通じないタイプじゃないか。
そんなやつに家は荒らされ、おそらくボクのことも。
「よう見ぃや!」
男が窓の外を指す。
そこには5人ほどの美少女がうつろな瞳でたどたどしい足取りでこちらに向かってくる。
よく見るとその奥にも何人かの美少女が集まりつつある。
美少女の他に普通の人影は見当たらなかった。
異様な光景。
気の狂った男のいうことをにわかに信じる気はしなかったけど、少なくとも普通じゃない事態が起こっていることはわかった。
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