パン ティ・オブ・ザ・ヴィッチ
亞泉真泉(あいすみません)
第1話
たとえば皮膚のただれたゾンビが横たわっていたとしよう。
最も斬新なとどめの刺し方は何だろうか。
ボクはそんなことをずっと考えている。
隙間なくビッシリと釘を打つ?
いや、それはあんまり新しくない。
アイロンを掛けて平べったく伸ばしていくのはどうだろう?
ちょっと面白くて新鮮ではあるけど、平べったい人間を用意するのが大変そうだ。
こういうのはどうだろう?
腹部に掃除機のホースを突っ込み、勢い良く吸引する。
サイクロンジェットによって透明なゴミ溜めに内臓が溜まっていく。
「おー。斬新かも! 映像的にも映える」
ムフッと微笑む。
自然と鼻歌がでてくる。
頭の中ではポップな音楽とともに血を飛び散らせてもんどり打つ死体の映像が浮かんでいた。
ボクの夢は映画監督だ。
いずれは世界中の人を夢と希望の世界に導く物語を編み出すだろう。
そのためにも、このところずっと自主映画のための絵コンテを描き続けていた。
部屋から一歩も出ず、栄養補給しか考えてない食事と水。
大好きな配信動画もシャットアウトし、全てをこの映画を作ることにストイックに打ち込む。
人間なんてものは易きに流れてしまう意志薄弱な生物だ。
だからここまで自分を追い詰めなければならない。
夢のために、いつか来る未来の為に、それだけを養分にしてボクはコンテを描き続ける。
自主映画と言っても色々あるけど、ボクが目下製作中なのは自主映画の王道、ゾンビ映画だ。
なぜ王道かというと、ゾンビものは古来より低予算で作れ、撮り方さえちゃんとしていれば見せ場も作りやすい。
いきなりハリウッドの超大作を目指してもしょうがない。
そんなのは夢に踊らされて現実が見えてないだけだ。
お金、仲間だっていない。
なによりも一番直面してるのはスキルと経験のなさだ。
脚本を書けば書くほど、カットを考えれば考えるほど、自分の能力がいかに未熟か痛感させられる。
以前は駄作だとバカにしていた映画ですら、ボクの今の実力では及ばなかったりする。
だけどボクは映画を作るのを諦めない。
自分が天才じゃなかったことを知っているボクは、何も生み出さずに自分には才能があふれていると思い込んでいるやつらなんかよりも何倍も映画を作る資格を持っているはずだから。
そんなボク焦りにも似た集中の世界に割り込んできたのはガラスの割れるけたたましい音だった。
階下から響いたその音は、おそらくリビングのガラスだ。
ガラスの割れた音に続いて、パタパタと何かを引きずったり動かしたりする音が響く。
家族が家に帰ってきたにしては慌ただしい。
家族のボクに対する態度はよく言えば放任だ。
部屋に閉じこもってこうして映画のことばかり考えていても何も言わない。
そりゃきっと心配はしているだろう。
15歳という可能性に満ちた若者が、人を殺す映画や人が殺される映画ばかり見て、ほくそ笑んでいるのだから。
でも、そう言った映画がいかに価値があるか、一部の人間にとってどれだけ救いになっているか、そんなことを力説したところでわかってもらえるわけもない。
映画なんてたまにテレビで話題作がやってる時に見る程度、そんな興味のない人たちに訴える徒労は死ぬほど味わっている。
しかし、だからこそ、ボクは映画を作りたいんだ。
世界が評価すれば、家族だってボクのことを見直すはずだ。
人間は所詮結果でしか理解できない愚かな生き物だ。
その結果に至る過程にどれほどの涙が流れていようと、そんなものを評価できるのは同じ苦しみを味わった創作者くらいしかいない。
しばらくして階下はおとなしくなったけど、小さい音がコソコソと伝わってくる方が逆に気になる。
自分の部屋を出るとそれだけで日常に戻ってしまう。
せっかく自分の想像の城の中で、力の限り駆け回っていたのに。
そう思いながら階下のリビングに降りていった。
そこに日常はなかった。
リビングを覗くと、ガラスが割れ、戸棚の戸はすべて開かれ、テーブルや椅子が乱暴に押しのけられている。
でも、そんなことはどうでもいい。
そんなものよりもボクの目を捉えて離さなかった存在。
凶暴そうな男がこっちを見つめていた。
スタジャンの前面をはだけて素肌の胸が見えている。
帽子の下から覗く眉は太く、目つきは攻撃的。
赤と白のスタジャンの左胸の部分には『愛』、キャップの真ん中には『超』と、漢字の刺繍が大きくついている。
デニムのジーンズはファッションなのかところどころ破れて糸状。
その下にはボクの家の中にもかかわらず、当然のように土足のスニーカー。
ご丁寧に合皮っぽいグローブまでしている。
完全武装の犯罪者だ。
家の中を勝手に漁っていた男はこう言った。
「なんや、まだ生きとる奴がおったんか」
殺される。
まだやりたいことがあるのに。
映画も完成してない。
それどころか、クランクインすらしてない。
その前にキャラクターをもうちょっと煮詰めたい。
そういえばこんな関西弁のキャラにしてもいいかもな。
いや、でも関西弁だと緊張感がなくなるかもしれない。
それにボクは関西弁を話せないし、なんか上っ面だけ真似した関西弁のキャラだと逆に違和感が湧いてしまう。
どうせなら殺人狂が仲間にいるというアイデアはどうだろう。
いや、それだとモンスター映画になってゾンビ映画じゃなくなっちゃう可能性が。
一瞬の間にそんな取り留めのない思考が脳を駆け巡るほど、ボクは恐怖に襲われていた。
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