第25話
ランの調子は良くならなかった。
しばらく安静にしていたが、余計に悪くなり不安だけが膨らむ。
座敷で横になっているジャックにボクは相談した。
「どこか人のいるところに移動したほうがいいと思う。医者じゃなくても、看護師とか医療知識のある人がいるかもしれない」
「せやな」
「人がいる場所はわかってるんでしょ?」
「せやな」
「じゃ、なんでなにもしないんだよ。行って薬を分けてもらったりするだけでもした方がいいじゃないか」
「せやな」
ボクの言葉にジャックはオウムのように返事を繰り返す。
「せやなじゃないだろ!」
「……せやな」
そう言ってジャックは深く息を吐くと立ち上がった。
眉間には深くシワが刻まれ、表情は暗い。
ジャックはたっぷりと間をとって言った。
「ほな、移動する準備しい」
「ちょっと待ってくれよ。勝手に決められちゃ困るよ。こういうのは相談してくれなきゃ」
話を聞いていたカンダが即座に文句を言った。
ジャックは苦々しげにカンダを見て言う。
「別に自分についてきてもらおうなんて思ぅとらんわ。残りたきゃ残りゃええやろ」
「待ちなさいよ。そんなに喧嘩腰にならなくてもいいだろ。君が俺を気に喰わないのはわかるよ。別に仲良しになってくれなんて思ってもいないさ。でも女の子たちを守るということを忘れてないか? 合理的に判断しようよ」
「せやけど、ランが調子悪いねん。一刻を争うかも知れへんねんで」
「そこだよ。体調が悪いのは彼女一人だけだ。もし、身体の優れないものを連れてモタモタと移動して、全員がヴィッチにやられたらどう責任取るつもりだ?」
「ランを見殺しにせいっちゅーんかい!」
「まだわからないじゃないか。明日になったら良くなるかもしれない。それに俺も君も、なんでこんなところにいるのか忘れたわけじゃないだろ? 逃げてきたんだろ、コミュニティから」
「そうなの?」
ボクの問いかけにジャックは答えない。
「俺達だって一緒さ、ひどいもんだったよ。神だ何だと言いながら自分たちの思想と反するものを虐げるんだ。人間っていうのは、集団になると知性が著しく低下するらしいな。そもそも救世主を殺した処刑具をありがたがって拝んでる狂った奴らだもんな」
「自分はそないな連中に余計なことでも言うたんやろ」
「そりゃそうだよ。バカのせいで死にたくはない。君たちだって似たようなもんだろ」
「ワイらは……」
「どうせ君の粗暴な態度が偉ぶってる連中に睨まれたとかそんなところだろ。君は直情的すぎるきらいがあるからね」
「ミサキが乱暴されそうになったんや」
「乱暴? レイプか。なるほどな。行政も機能しない。警察も軍隊も役に立たないんじゃ、法律なんか守る理由もないからな」
「そないな犯罪者がおったんちゃうねん。若い女を生贄に捧げいゆうてみんなおかしなっとったわ」
「ほほう、そりゃ逃げて当然だ。そんなやつらが、困って逃げてきたものに手を差し伸べるかね? 行くだけ無駄だと思うけどねぇ」
内心ではジャックも行きたくはないのだろう。
ミサキの話を考えれば当たり前だ。
ボクはそんな事情があったなんて知らなかった。
わかってみればミサキのあの態度も納得がいく。
あれは男性恐怖症なんていう生易しい物じゃなかったのかもしれない。
どれだけの思いを抱えて逃げてきたのか、想像するだけで怒りが湧いてくる。
目指そうとしていた場所は、希望の地ではなく、絶望が横たわっているのだ。
「ごめん。知らなかった」
「謝んなや。こっちかて言わんかったことや」
カンダが胸を張って言う。
「では、この地にとどまるということで。まずは生き残ってこそだからね。それを第一に考えないと。誰かのために命を落とすとか、完全に愚かな思考だ。いるんだよね、危機的状況に陥ると、英雄になりたがるものが。そういうやつこそ、周囲をピンチに陥らせるもんさ」
カンダの言葉にボクはムカつきを抑えられない。
間違っていることを言ってるわけじゃないのに、たまらなく不愉快だ。
「生きることは大切かもしれないけど、死なないために時間を過ごすことが生きることですか? そんなのボクには生きてるとは思えない。将来を考えたり、夢を見たりすることがそんなにバカですか?」
「どうしたんだい、ハカセくん? なにか気に障ったか?」
「わからないですよ。わからないけど、ここには夢がない! ただすり減っていくだけだ」
「君の言うことはわからなくもないけどね。君くらいの年頃だと、ここではないどこかに行きたいとか、本当の自分を見つけたいとか言い出すものなんだよ。じゃあ聞くけど、自分で歩けない女の子を連れて移動できると思うかい?」
「歩けます!」
カンダの言葉に即座に答えたのはランだった。
ミサキと一緒に二階から降りてきていた。
「ラン、なんで起きてきてんねん」
「あれだけ大声で言い合ってたら全部丸聞こえです。あたしは行けます。なんならダッシュで行けます」
「ええんか?」
ジャックが確認するとミサキは力強く頷いた。
「ランちゃんは私が責任を持ちます。だって今までいっぱい助けてもらったもの。本当に、ずっとずっと助けてもらってから。私に任せて」
「ミサキさん……」
ミサキのその表情には、コミュニティに戻ることに対する躊躇など微塵も浮かんでいなかった。
ランはミサキの胸に顔を埋めて肩を震わせた。
「ほな、行くで」
ジャックが立ち上がり、まとめていた荷物をボクに投げる。
「わかった。二人の女性はいいとしよう。でもチナミはどうするんだ? こんな小さい子を置いていくのか?」
カンダが非難する目でジャックに言った。
「ボクチンはハカセについてくよ」
チナミはそう言い放った。
なんだか知らない間にボクになついてる。
カンダはにやけた顔を崩し、苦々しい顔に変化した。
「大丈夫かな? ボクはハルマさんみたいに強くないけど」
「置いてくなんてダメでやんす。ボクチンもうハカセと男と女の関係でやんす!」
チナミのその発言に場が凍りついた。
「何言ってるの! そんな関係じゃないだろ。何にもしてない。何にも!」
「ひどいでやんす。責任とってくれないでやんすか」
「こら! 誤解されるような言い方をするんじゃない」
「遊びだったでやんすね」
ジャックが訝しげな目でボクを見た。
「自分……」
「いや、だからそうじゃない!」
「ランちゃん、下がってて。ここは私に任せていいから」
ミサキが不慣れなファイティングポーズでボクを警戒する。
「ハカセとは将来を誓い合った仲でやんす」
「誓い合ってないだろ」
そう言うとチナミはいきなり泣きそうな顔になった。
「ヒッ……。明日も女スパイゴッコするって言ったでやんす! 誓ったでやんす! 嘘つき! もてあそばれたでやんすー!」
「嘘じゃないよ。するよ。ほら、そういうことなんだよ、つまり」
ボクの必死の弁明に、ジャックもミサキもランも、しぶしぶ納得する表情をした。
サクラがカンダの脇をつついていった。
「どうやら、あたしたち二人きりみたいよ」
「二人じゃどうにもならないな。彼らと一緒にいたほうがマシだ。しょうがない、今回は俺の負けさ。一緒についていくことにするよ」
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