第23話

 店の前で倒れているヴィッチたちを、みんなで手分けして移動させた。

 と言っても、遠くまで運ぶことなんて出来ないので、大きな通りを出たところにまとめて集めるだけだ。

 人の形をして、わずかに動いているその存在を積み重ねていく。


 最後に残ったのはハルマの大きな死体だ。

 ヴィッチではない。

 頭を砕かれた死体が店の中央に横たわっていた。

 弔ってやりたいのはやまやまだけど、十分なことはできない。

 ヴィッチたちを運び終わり身体はヘトヘトになっていた。

 それでも土のある場所に穴を掘り、みんなでハルマの死体を運んだ。


 死体を埋葬する。

 それは思った以上の肉体労働だったが、身体の疲労がなんだか救いになっている気もした。

 無心に身体を動かすことで様々な思いを顧みずに済んでいる。

 昔の人達は、そうして死と向き合ってきたのではないか、とまで思った。


 作業中、チナミは壊れたレコードのように同じ歌を歌っていた。


「ハルマ~、ボクらの最強ロボ。ハルマパンチは岩砕く! ハルマキックも岩砕く! ハルマビームで岩砕く! ハルマ~フィニッシュ、岩砕く~♪」


 子供向けアニメソングみたいな節なのに、なぜかそれは物悲しく聞こえた。

 何度もリフレインするフレーズはボクらの耳に残り、鎮魂歌のようだった。


 すべてが終わり、みんな疲れた顔をしている。

 肉体的にも精神的にももうボロボロだ。


 床に座り込んだボクの肩に、ランがもたれかかってきた。

 どこかいい匂いがする。

 ボクはきっと汗臭いはずだ。

 それがものすごく気になってランを起こそうとした。

 肩に手をかけると身体がやたらと熱を持っている。

 おでこを触ると明らかに熱い。

 元々体調が悪かったのに、様々な事が起こって限界が来たのだろう。


「ジャック、ランが!」

「わぁっとるわ! 人の視界の隅でイチャコラしくさりよって。男やったら覚悟決めんかい!」

「違うんだ。ランが、熱!」

「なんやて?」


 ジャックはランの頬に手を当てる。


「アカンな。とりあえず二階に運ぶで、背負いや」

「ボクが? ジャックの方が力があるじゃないか」

「ワイは、ほら、あれやないか。超回復やねんて。ええから、自分が背負いや」


 そう言ってジャックはランの身体をボクの背中に載せる。

 ヴィッチたちを片付ける時は何も言わなかったくせに。

 背中に触れるその感覚は、思った以上に熱く、そして柔らかかった。

 ボクはランをおぶって階段を登りベッドに運んだ。


「あとは頼んだで」


 そう言ってジャックはボクの側で心配そうにソワソワしていたチナミとミサキを連れて下に降りていった。

 頼まれたからといって、薬もないし、ボクにはどうしようもない。

 とりあえず、タオルを絞っておでこに乗せてみたが、それ以外には何もできなかった。

 見守っていると、ゆっくりとランは目を開いた。


「鼻息、すごい……」

「いや、違うよ! これは運動したからで。疲労の鼻息で。別に興奮してハァハァしてるわけじゃないから」


 ボクは口元を抑えてそう言った。


「うん。ありがとうございます」

「ちょっと熱があるみたいだね。体温計がどこかにあればいいんだろうけど」

「自分でもわかります。ヤバイかなぁって思ったんですけど、こんな時にそんなこと言ってられないですし」

「ダメだよ。こんな時だからこそ、具合が悪いと思ったら言わないと」

「うん、ごめんなさいです」


 身体が弱っているせいか、ランは妙に素直に謝った。


「ボクは向こうにいる。呼べば聞こえるから。あとこれ水。コップは一番きれいなやつ持ってきたけどこれで大丈夫?」


 ボクはランの頭の脇に置いたペットボトルとコップを見せる。

 ランは小さく首を横に振った。


「一応洗ったんだよ? でもなんか欠けてるのとかばっかりでこれが一番まともだったから。あ、コップじゃなくて茶碗みたいのならまともなのあるかも、探してくる」


 ボクが立とうとするとランが服の裾を指でつまんでいた。


「行かないでください。ちょっと、話でも。お願いです。あたし、心細くて」


 力なく眉を下げてランはそう言った。


 そりゃそうだろう。

 病院だってやってない。

 医者だっているかわからない。

 薬はどこかにあるだろうけど、どれが適切なのか素人に判断できるかどうか。

 ここはそういう世界なわけで、そんな中で具合を悪くしてしまったらそれは心細いはずだ。

 そんな当たり前のことに言われるまで気づかなかった自分のバカさが恨めしい。

 それにすぐに走って逃げることもできないだろう、いざヴィッチが襲ってきたとしたら一大事だ。


 ボクはランの脇に座り直した。


「そうだな。ええと……。昔々、あるところに……」

「そういうのじゃないです」


 改まって女性と話すという状況で混乱した頭がひねり出した渾身の話題をランは即座に否定した。

 確かにそんなのじゃない。

 当たり前だ。

 でも、その的確なツッコミによりボクの混乱は少し収まった。

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