第22話

 ボクとチナミが戻ると全員が部屋の中に集まっていた。


「とんでもないことが発覚した」


 ボクがそう告げると、横からチナミが飛び込んできて口をふさぐ。


「わー! いきなりバラすなんて卑怯極まりないでやんす! ハカセだってお漏らししてたくせに! お漏らしっ子! お漏らしの先輩でやんす」

「むぐぅ~」


 チナミに口をふさがれて反論もできないまま、とんでもないことを言われてる。


「あと尿酸値が高いでやんす! 血液もドロドロでやんす!」

「ぷはっ! そういう定かでないことを言わないでくれ。本当か嘘か調べようがないだろ」

「言っちゃダメでやんすぅ」

「そうじゃない。チナミは女の子だったって言いたかったんだ」


 ボクの衝撃的な言葉は、みんなの心を撃ちぬいた。

 はずだったけど。

 何故かボクに対する視線は冷たかった。

 尿酸値が高いことがそんなに悪いことなのか!


「どう見ても女の子だと思うんですけど」


 ランが遠慮がちにそう言った。


「ひょっとして男の子だと思ってたの? やっぱりホモなの?」


 サクラが訝しげな目でボクを見る。


 まさか、気づいてないのはボクだけだったなんて。

 そう思って、ジャックを見ると、視線を逸らして小刻みに頷いているし、なんか唇がとんがってる。

 どうも怪しい。

 ジャックは男だと思ってたんじゃないのか。


「そもそもなんで急に女の子だと気づいたんですか?」


 ズバリと核心を突く質問をミサキはしてきた。

 微妙に張り付いた笑顔を浮かべている。


 それがなんだか怖い。


「それは……」

「それはでやんすね、ハカセがボクチンのパンツを」

「ま、まぁ、そんなこといいじゃないか。それよりチナミは今日はどこで寝るんだ? さすがに男女が一緒はまずいし」

「ジャック、うちと一緒に寝る?」


 サクラがジャックの肩にしだれかかる。


 あえて人前で甘えて見せてるのだろう、確かにその一挙一投足にボクたちの気持ちはかき回されていた。


 カンダはというと、いつものことというように見向きもせずにタバコを吸っていた。


「ほならハカセ、ワイとチナミと一緒はどないや? チナミに変なことせんよう見張っとってやるわ」


 切り抜けるためにボクを犠牲にするなよ。

 変なことなんてしない。


「なんなのよ、あんたら! ホモなの? ホモにロリコンに、変態の品評会でもやるつもりなの!」


 超音波のような金切り声を出してサクラが切れた。


 勝手にとんでもないイメージを押し付けられたもんだ。


「ワイはホモちゃうわ!」


 ジャックが弁明しようとサクラの手を取る。


「やっ! 触らないで!」


 サクラが身体を避けるがジャックは追いすがった。

 しかし、その身体がピシリと固まる。


 サクラはジャックに銃を向けていた。

 詳しい名前は知らないけど、銃身の短いハンドガンだった。


「本物よ。死んだ警官からいただいたの。弾だってまだ入ってる」


 一気に緊張が膨れ上がる。


 ボクの頭には、さっきからこびりついたようにハルマの死に様が焼き付いている。


 これ以上空気が重圧に耐えられないというところでサクラがフフッ鼻で笑った。


「冗談よ。あんたなんかに使ってやるのは惜しいもの。最後の一発は自分のためにとっておいてるの」


 そういってサクラは銃を自分のこめかみにつけて笑った。

 誰もが、死をすぐ隣に感じながら生きている。


「たとえ弾がなくなっても、チェリーにはおっぱいミサイルがあるでやんす!」

「そうね。でも、おっぱいを武器として使うんなら、他の人がいるんじゃないの? 自分のを揉んでくださいって名乗りでたくらいですもの」

「なんてこと言うんですか! ミサキさん、ここはあたしに任せてください」


 ランはサクラに掴みかからんばかりの勢いで逼迫した。


 しかし、それを止めたのはミサキだった。


「いいのよ。ランちゃん」


 ミサキはそう言って笑った。

 嫋やかな微笑みだった。


 その笑顔を見てサクラの顔が歪む。


 あのハルマの最後に立ち向かったミサキと逃げたサクラ。

 そして今現在も、嫌味を言って煽るサクラと、それを許すミサキ。

 ミサキの笑顔に攻撃の色はない。

 しかし、見る者によっては「それならあなたは何をしたの?」と問い詰めるような無言の圧力にも思えるだろう。

 女同士の格の付けあいに関しては誰がどう見ても勝敗は決していた。

 人は一瞬で変わる。

 ミサキは強くなった。


 しかし、そんなミサキを見るランの表情はどこかさみしげだった。

 なんて声をかけていいのかわからなかったけど、ボクはランの背中に手を触れた。


 ランはボクを見て、何かを振り切るように弱々しい笑みを浮かべた。


 ボクとランの間にチナミが割って入って言った。


「おっぱいのことなら気にすることないでやんす」

「全然そういうことじゃないんですけど」


 ランは気に食わなそうに頬を膨らますと、小さく吹き出した。

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