第12話
「
「そなたが史上最強だからですわ。ベルトを手に入れるにはそなたほどのパートナーはおりませんでした」
鹿鳴院という女が不思議なことは
行き場のなくなっていた焔明に戦いの場を与えてくれた。
世界情勢を変容させるほどの力を持った焔明は、自らの意志で戦うことはできない。
身体に組み込まれた『
誰かに戦うことを許されなければ、その力を出すことはできないのだ。
だからこそ、鹿鳴院と共に戦うという行為は希望であり、パートナーではなくなるということは、それをすべて絶たれることとなる。
鹿鳴院は自分のことは何も話さなかった。
そのくせなんでも知っていると言い、実際に戦い方も熟知している。
焔明以上に、感情というものが備わってないロボットのようにも見える。
だが彼女が焔明のことを追求しないように、焔明も鹿鳴院のことを知ろうとしなかった。
理由などよりも目の前の戦いだけが焔明にとっては重要だったからだ。
幸い、鹿鳴院は焔明が勝ち続ける限り何も要求などしない。
このまま、求める者同士の蜜月が続くかと思われていたのに、突然現れた
花火音も片付けを手伝いだし、
「殺人サイボーグだからペアボクシングの真の力が出なかったってことですか?」
「いいえ、それは違います。怪我のために身体の中にボルトが入ってる選手もおります。定義を言い出せば銀歯だってサイボーグのようなものです。それに試合においてもペアボクシングの規定に殺人サイボーグはいけないとは記載されてはおりません。必要なのは男女のペアということ。ペアボクシング界には『大事なのはハートと股間』なんてバカげた下らない言葉もあります。
思わず焔明は伊織に問いただす。
「こ、股間はそれほど問題なのか?」
「それは品性を欠落させることが面白いと思われていた時代の遺物です。本気にする必要もありません。神話に男女と記されていることに固執して、時代を見据えた変革ができない頭の固い連中が言っているだけです」
「股間の形は!?」
「どうでもいいことです。大きさは全く関係ありません」
伊織は苛つきながら、そう答えて雑巾を投げ捨てた。
焔明は、足元が崩れるような思いで一言だけ吐き出した。
「さっき温泉で見た。俺のは涼数寄とは違う」
「ど、どういうことですか? え……? 股間って」
花火音が汗を拭きながら言う。
「殺人ドリルがついている。改造されているんだ……」
焔明は絶望の中、振り絞る力でつぶやいた。
その言葉は虚空に吸い取られるように消えた。
気まぐれに現れた悪魔が全員の意志を吸い取り、沈黙だけを残して去ったかのようだ。
打ちひしがれた焔明がテーブルに手をつくと、かろうじてテーブルの上に残っていた皿が床に落ち、クワンクワンと回転しながら音を立てる。
その音も皿の回転に伴い、高く小さくなり、皿が完全に伏せるとともに消えた。
鹿鳴院が静かに言った。
「もちろん全て存じてますわ」
「知ってたのか? 鹿鳴院!」
焔明が問いかけると、全員の視線が鹿鳴院に集中した。
「え、本当に
花火音が食いつくように尋ねる。
全員の食い入る視線に、その時鹿鳴院は初めて表情らしい表情を見せた。
僅かに眉を下げ、顔を動かさずに視線だけで各々の顔を見回す。
「な、なんですの?
「え? そうなの? 本当にそうなの?」
花火音がキョロキョロと見回して全員から答えを引き出そうと尋ねる。
焔明にとって鹿鳴院の言葉はなによりも救いだった。
「俺は……許されたのか?」
涼数寄が花火音に深刻そうな顔で耳打ちをする。
「花火音さん、食事にIQが低くなる毒でも仕込んだ?」
「そんなことしません。あたしの完全に明晰なIQは5段階評価で5ですよ」
涼数寄がスッと息を吸い込み、空気を入れ替えるように言う。
「ドリルの件は鹿鳴院さんの思い違いということもあるし、この際置いておこうか」
「何言ってるんですか! そもそも涼数寄さんがいけないんじゃないですか。一体どんなものつけてるんですか?」
花火音の言葉に追従して鹿鳴院は悲鳴のように上ずった声で言う。
「そ、そ、そうですわ。言いがかりのような真似はよして欲しいですわ」
「皆さん、正気に戻ってください」
涼数寄はゾンビに囲まれた市民のように腰が引けた声を上げた。
花火音が涼数寄ににじり寄る。
「涼数寄さん、もう年貢の納め時ですよ。あたしは覚悟を決めました。どういうものをつけてるのか、はっきりさせてください。焔明さん、潔白を晴らす時です」
焔明は涼数寄を羽交い締めにする。
「これで俺は自由になるのか!」
「
涼数寄が悲鳴を上げてジタバタと暴れる。
「さっきから股間股間とやかましい! 痴れ者! 恥を知りなさい!」
伊織の怒号で全員の動きが止まった。
窓がビリビリ言うほどの大声で、それほどの声を出す伊織を見たのは焔明も初めてだった。
花火音は部屋の隅でコンパクトになって伏し目で状況を伺っている。
涼数寄は焔明から開放されて呼吸を整えていた。
空気が帯電しているような緊張感の中、それを斬り裂くように鹿鳴院は静かに言った。
「
全員の前できっぱりと宣言した鹿鳴院の言葉は、焔明の中の燻っていたものをすべて洗い流してくれた。
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