スパーリング・パートナー
第13話
家屋から漏れる光だけでは心もとないが、幸い月と星が出ていて、慣れてくると足元くらいは見えるようになる。
カエルの鳴き声、虫の鳴き声、風で木が揺れる音。
他に集中するものがないせいで自然の音が耳に入ってくる。
「寒いです! 夜はものすごく冷え込みますね、まだ10月ですよ」
「でもほら、星がすごい綺麗だ」
涼数寄と
通うには遠すぎる立地なので、全員合宿のような形で寝泊まりをしている。
ジムメイトになり涼数寄と花火音はスパーリング・パートナーとなった。
「なんであそこで引いちゃったんですか」
「言ってなかった? ボクの信念は世界人類の幸せだよ」
「嘘ばっか、完全に涼数寄さんとペアになる流れだったのに。涼数寄さんがもったいぶるから」
「どうかな。功を焦ると良いことはないよ。最終的に目的を達成できればいいわけで、必要以上に求めすぎないほうがいい。なにごともね」
「だって
「パートナーになってタイトル戦にでる、だよ。まだ試合は先だ。ここから関係がこじれないとも限らない。それに焔明くんはいてくれた方がいい。彼を排除すると
「涼数寄さん、いつもそんなこと考えてるんですか? ちょっと気持ち悪い」
「忍者っぽいでしょ」
「あたしはそういうタイプの忍者じゃないんです。もっと風よりも早く即断即決っていうタイプなんで」
「焔明くんが嫌い?」
「あの絶対零度のサイボーグと同等ですからそこは最高ですよ。でもほら、
「花火音さんが忍者っぽさを醸し出してるからだよ」
「えへへ。出ちゃってます? でも、たとえ出ちゃったとしてもですね、やっぱり怪しいです。全て存じてますとか言っちゃって。だいたいレディ・ベッコウバチって第九次暗黒大戦の英雄のパクりじゃないですか」
花火音はブツブツと自分に言い聞かせるように理由を並べ立てる。
こういう時は理屈ではないのだ。
まず嫌だという自分自身の感情があり、それを肯定するように理由が生まれてくる。
だから鹿鳴院がたとえとてもいい人であったとしても、花火音は他の理由を探してくるだろう。
そうやって目の前の相手を分析し始めてる自分に気づいて涼数寄は嫌な気分になった。
染み付いているのだ。
相手の思考を読み、感情を増幅させ、選択肢を奪い、行動をコントロールする。
催眠術やら誘導やらマインドコントロールやらメンタリズムやら呼ばれ方もたくさんある。
それを駆使することにより、自分よりも能力の高いスポーツ選手ともやりあってきた。
試合中は相手をコントロールし、自分のやりたいことをやり、相手のやりたいことをさせない。
そんな精神コントロールを格闘技に応用したのが組織で使われている技術、バリツだ。
時の流れとともに消失してしまった古い格闘技術バリツを、もう一度まとめ上げて体系化したのは涼数寄だった。
それにより組織に所属する者たちはあらゆる競技に勝利することで貢献してきた。
そのバリツの第一人者である涼数寄自身はと言うと、対戦相手が己の実力を全く発揮することができずに敗れる姿に疑問を感じるようになってしまったのだ。
勝者がいれば敗者が生まれる、その事実は変えることはできない。
しかし、どんな人間にも戦いに赴く決意がある。
結果がどうであれ、相手の尊厳を蔑ろにするような戦いはすべきではない。
相手のことを考え続け、思考をトレースし過ぎたがゆえにたどり着いた、皮肉な境地とも言える。
いつしか涼数寄はバリツを封印し、それ以降は敗戦の山を築くことになった。
勝利という形で組織に貢献できなくなった涼数寄が選んだ道。
それが八百長だった。
「そんなにスパーリング・パートナーになるのは嫌?」
「嫌ですね。絶対に!」
花火音を説得することはしたくない。
できれば自分でやりたくなってくれればいいのに、と考えていると背後から声がした。
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