第17話 照射

 冴木所長に向かって突進する宇田川。


「斉射!」


 沢田の号令一下、警官隊は同士討ちにならないよう的確な位置取りをし宇田川に向かって拳銃を発砲する。

 ところが宇田川の動きに変化はない。およそ人間のものとは思えない分厚い筋肉が致命傷とならないようクッションとなっているのか。

 突進する宇田川が、彼を見つめて表情も変えず立ちつくす冴木所長まであと一歩というところで、横からタックルを仕掛ける男がいた。転倒から立ち上がる宇田川と対峙するその男は檜山であった。


「檜山さん!」


「午朗さん!」


「おい午朗無茶するな!」


 大島と浅川と溝呂木がそれぞれ声をあげるが冴木は微動だにせず宇田川を見つめている。柔道の構えをとる檜山とそれを上回る巨躯の宇田川がにらみ合う。


 ここで溝呂木チーフと冴木が目配せをする。冴木は沢田警部に駆け寄り何かを話しかけ、溝呂木はオッター号の運転席に座る。オッター号のルーフ上には何か大きなものがそえ付けられていた。

 警官隊の後ろに停車していたパトカーにも同じような機械らしきものが取り付けられている。数人の警官隊がそれを操作する。


 宇田川の長く伸びた犬歯が街灯に照らされギラリと光る。これに噛みつかれると血を吸われるんだと思うと檜山はぞっとしなかった。ただ、檜山としてはこちらから打って出るようなことはせずとも仲間や警察が何か有効な手を打ってくれるはず、と信じていた。となると、それまでこいつの攻撃をかわし続ければいい。しかし一体いつまでかわし切ればいいのか、そう思うとさすがに空恐ろしくなって生唾を飲み込む檜山であった。


 ホラー映画にでも出てきそうな特殊メイクを施されたモンスターよろしく、宇田川は恐ろしい呻り声をあげて檜山に飛び掛かる。檜山は宇田川のぼろぼろのスーツを掴んで浮き腰で宇田川を転がす。何度掴みかかって来てもその都度柔道の技でかわす。こんな単調な攻撃ならかわすのも容易だと檜山がほっとした途端、一瞬の隙をついて突如宇田川が突進をして檜山の胸に頭突きをしてきた。今度は地面に転がされたのは檜山の方だ。しかもヘルメットをしているとは言え頭を打ち一瞬気が遠くなる。そこへ宇田川が飛び跳ねるようにして圧し掛かる。


「ウハ、ヒハ、グヒッ」


「くっそう、こいつっ」


 お互いの首を絞め合う格好になった檜山と宇田川。だがその力の差は歴然である。牙をむいた宇田川が檜山の喉元を狙う。檜山も全力で宇田川の首を絞めているが、力及ばずじりじりと宇田川の牙が檜山の頸動脈を目指し近づいていく。


 ぱすっ、と宇田川に何かが当たる乾いた音がした。


「オオ、オオオッ」


 宇田川は初めて苦悶の表情を見せ檜山から手を離す。檜山が見ると脇腹に何かが刺さっているようだ。ここぞとばかりに檜山は巴投げを掛けた。檜山会心の巴投げでどさりとアスファルトの道路上に落下する宇田川。


 起き上がりながら檜山が見回してみると、オッター号から降りた溝呂木が空気銃を構えていた。また、オッター号には浅川と大島が乗り込んでいる。ルーフ上の何かが動き出す。丸い平面のそれはゆっくりと起き上がり、何か特殊な電灯であるのが分かった。向こう側のパトカーも同じ特殊照明をルーフにセットしていた。


 耳がいい人でないと良く聞こえない小さくて低い電気的な呻りをあげて、二つのライトは真っ赤な光を宇田川に対して放射した。


「オッ、オッ、ウオーッ!」


 赤外線を浴びた宇田川はおよそ人間とは思えない絶叫を上げ立ったまま頭部からゆっくりと溶解していく。その凄惨な様に浅川と大島は目を背けた。ついに宇田川だったそれは泡を吹く粘液となり果ててぼろぼろの衣類を覆うだけとなった。


 警察もSSTLの一同もそれを呆然と見つめるだけであった。ただ一人冴木所長を除いては。冴木は苦し気な、あるいは寂し気な目でこの粘液の水たまりを一人無言で凝視していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る