第8話 計謀

 三人がオッター号で三崎製薬の試験場に辿り着いたのは、既に夕刻を過ぎてからであった。


 大きな鉄格子のような門扉の前で三人は装備を点検する。

 派手な色の保護ジャケットを羽織り、不織布マスクがずれないよう慎重にシステムヘルメットをかぶってグローブを装着すると、浅川と伊能はペンライトを手にする。それとは別にヘルメットの右側頭部に内蔵されているLEDライトも点灯させた。


 分厚いコンクリートの塀に囲まれた門は中途半端に開いており、まるで三人を誘うかのようだ。三人は敷地内に入り込む。


「これは…… 意外と広いな」

「廃校した校舎跡を改装しているみたいね」

「中に入ってみますか?」


 築四十年にはなろうかという廃校跡地に手を加えたこの施設は人っ子一人いない静けさに包まれている。


「奴らの車が入ったのはここで間違いないんだがな」

「なんだか気味が悪いわ」

「あいつらはここで何をやってるんでしょう?」


 左側から突然声が聞こえ、三人は驚き声がした方を向く。


「邪魔者を始末するんですよ、ええ」


 三人が向いたそこに宇田川と三人の男たちが立っていた。いずれも屈強そうだ。そしてさらに悪いことに、宇田川を除く全員が大ぶりなナイフを持っている。


 檜山が両腕を構え宇田川たちにじりじりと近づく。男たちもそれに倣い、彼らの間合いはゆっくりと縮まっていった。浅川と伊能はそれとは逆に男たちと間合いをとろうと後退する。


「宇田川! やっぱりあのマスクには何か秘密が隠されているんだな!」


「それを知っても仕方ないことだ。え? あんたらここで死ぬんだからなあ」


 大きな声を響かせる檜山に冷笑的な言葉を投げつける宇田川。


 男たちは一斉に檜山に襲い掛かった。しかしそれは襲撃者にとっては不幸なことであった。柔道と空手の有段者である檜山の前に武装した男どもは投げられ、打たれ、ねじられ、と散々に痛めつけられる。一方で男どもが手にしたナイフは檜山の身体をかすりもせず全て叩き落とされてしまった。


「きゃああっ!」

「うわああっ!」


 すると今度は背後から浅川と伊能修央みちおを襲う男が二人現れる。女子供なら組し易いと潜んでいたのであろう。

 しかし合気道の覚えのある浅川が反撃する。

 それでも男たちの優位は変わらない。浅川一人では男二人を相手にするのは分が悪すぎるのだ。腕に全く覚えのない伊能弟は逃げ惑うばかりであった。


 檜山も二人の援護までは間に合わず歯がみをする、がしかし。


 ここで浅川と伊能弟の二人は目くばせをした。


 なぜか腰に下げていたペンライトを男どもに向けて、スイッチを押す。するとまるで光線銃の光線のような光と音がペンライトから発され、それが命中すると二人の男はもんどり打って倒れのた打ち回る。


 それを見て檜山と戦っていた者どももさすがに怯んだ。男どもの動きが止まる。


「さあ宇田川、アルゲンマスクの秘密とやらをおとなしく吐いてもらおうか」


 勝利を確信した余裕の表情の檜山。


 だが怒りに震えた宇田川は、上着の下から目にも止まらぬ速さで黒い物体を取り出し、それを檜山に向け――


 ところが、檜山はまるで大昔の西部劇に出てくる早撃ちよろしく、ベルトに納めていたペンライトを宇田川に向け光線を発射する。


 宇田川は呻き声を上げると衝撃で倒れ伏し、その手に持った黒い物体――自動拳銃を取り落した。


 悶絶する宇田川の元まで駆け寄り、その拳銃を右手で拾う檜山。左手にはペンライト型光線銃「電磁銃」を持って男どもを威嚇する。


「始末されるのはあんたたちになっちまったみたいだな、へへっ」


「くそっ! 貴様ら絶対に許さんからなっ!」


 男たちの手助けを受けてようやく立ち上がった宇田川は捨て台詞を吐くと男どもとともに身体を引きずりながら撤退した。


「いや痛快痛快、あっはっは」


 ペンライトをしまい、銃をベルトに挿すと手をはたいて高笑いする檜山。


「あの、追いかけなくていいんですか?」


 不審げに檜山を見る伊能。


「いや、深追いはやめておこう。『電磁銃』ももうそんなに使えないだろ」


「そうね、もう一、二発分くらいしかないわ」


「相当痛めつけてやったとは言えそれなりの人数だ。それにまたこいつを持ち出されちゃかなわんからな。身を守れただけで充分だ」


 と言うと檜山はベルトに挟んだ自動拳銃を指で示した。


「さ、オッター号に戻ってチーフに報告だ、さっさと帰るぞ」

「ええ」

「はい」


 しかし檜山には一抹の不安が頭をよぎった。

 暗がりの中、逃げ出した宇田川がほくそ笑んでいたように見えたのだ。


 そして、オッター号にまで辿り着いた三人は愕然とする。


「うそ……」

「くっそ、やられた!」

「これって、帰れないってことですか……?」


 オッター号の四本のタイヤはすべて鋭利な刃物で切り裂かれていたのである。

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