第8話

 怪獣が魔王の存在を認識して身体を向けて体勢を整えた。

 何かしてくる。


 とは言え、怪獣には様々なタイプが有り、この怪獣がどんな攻撃をしてくるのかはわからない。


 処理速度を若干速め、怪獣の攻撃を見切るために備える。

 処理能力を高めるということは、相対的に時間が進むのが遅く感じるということだ。

 こちらを伺ったまま動かない怪獣をと睨み合う時間も、とてつもなく長く感じる。

 長引けば長引くだけこちらの緊張も保たなくなってくる。

 これはクロックアップの弱点でもあるのだけど、だからと言って普通に戦って勝てるものでもない。


 こんな怪獣と渡り合えるものなんて、この学校には俺しかない。

 軍隊などの大人が権力を有する機関で対向するのは二億院の趣旨から外れるし、最後の手段だ。


 ただ、この怪獣にも弱点がないわけではない。

 この世に具現化してしばらくすると怪獣は弱体化する。

 動きが緩慢になり、皮膚や外殻も柔らかくなる。

 その時がチャンスなのでそれまでは動きまわって攻撃を避けて時間稼ぎをしなければならない。


 怪獣がクロックアップの能力を理解しているとは思えないが、にらみ合いが続く限り俺の集中力はどんどん消耗していく。

 焦れるような時間が過ぎ去った末、ついに怪獣が動き出した。

 身体をのけぞらせて大気を吸収すると、口から炎として噴射したのだ。

 口から扇状に炎が広がり迫ってくる。

 例え早く動いた所で、その炎は床に燃え広がり被害を拡大させるだろう。


 なによりも、俺の後ろには椅子に座って悠長に観戦をしている魔王がいる。

 俺なんかよりはるかに強い力を持つとは言え、放っては置けない。

 魔王という禍々しいイメージとはかけ離れ、話のわかる親しみやすさも感じていた。

 それだけで守る理由は十分だ。


 クロックアップして周囲を探り、怪獣が暴れたことよってひしゃげて放置された金属製のシャッターを盾にして炎を防ぐ。


「なぜそんな無意味なことをするのだ?」


 ドアの影で必死に堪えてる俺に魔王は問いかけてきた。


「無意味とか言うなよ。これでも一生懸命やってるんだ。強いとか、弱いとか、いいやつだとか、悪いやつだとか、そんなの関係ない。俺はヒーローだからな。格好つける代わりにやせ我慢もしなきゃいけないんだよ」

「愚かな」

「そりゃまぁ愚かだろうけどさ」


 そう答えた所でシャッターが熱くなってきた。

 さすがに金属を溶かすほどの高熱というわけではないものの、熱伝導率のいい金属では身がもたない。

 そこら辺にあった木片でシャッターを支え怪獣の炎が途切れるまで耐える。


「ごめん。もうやばいから、そこから逃げてくれ」


 シャッターが熱を伝え、木片から煙が出始めたため魔王にそう伝えた。


 魔王はゆっくりと立ち上がった。

 そしてそのまま、俺を押しのける。


 ものすごい力で押しのけられた俺はシャッターごと脇に倒れこんだ。


 魔王は怪獣の吹く炎をもろに全身に受けた。

 炎の中、魔王は片足を引き、わずかに腰を沈めると腕を前に突き出す。

 魔王の手から放たれた黒い闇は怪獣を飲み込み、轟音とともに空に向かって消えていった。


 あれほど強大な怪獣がわずか一撃、一瞬で消え去った。


 魔王は、その絶大なる力をひけらかすわけでもなく、自分の手を不思議そうに眺めていた。


 すべての荒々しい出来事が終わり、日常を思い出させる静寂が戻ってきた。


 何事もなかったかのように、涼しい顔で魔王は俺を見る。


 その真っ直ぐな視線に耐え切れず、俺は立ち上がって頭をかきながら言った。


「ははっ。俺ってなんだか滅茶苦茶格好悪いな」

「余は愚かだとは言った。しかし、格好悪いとは言っていない」


 魔王はそう言うと俺の瞳をじっと見つめる。


 そしてこんな表情を持っていたのか、と驚くような顔を見せた。


 笑顔だった。

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