第9話
「
担任が黒板に漢字の名前を板書すると魔王は名乗りを上げた。
頭を下げたり殊勝な挨拶をしないその姿を、クラス一同はどうリアクションしていいのか戸惑っているようだった。
「じゃ、新夜さんの席は……」
「
担任の言葉に背中で答え、魔王はツカツカと机の間を歩く。
その背筋の伸びた姿勢と、角を隠すように付けられた大きなリボンにクラスメイトはざわつき、魔王の一挙手一投足に視線を奪われた。
「なんであいつが」
そんな声があちこちで聞こえる中、魔王は、俺の机の脇で足を止める。
そして、さも当然というように膝の上に座った。
太腿から温かい体温と柔らかさが伝わってきて、人間じゃないはずなのに目の前にある髪の毛からは女の子っぽいいい香りがしてボーっとしてしまう。
「これはさすがに構う。せめて隣にしてくれ」
俺が頭を振り言うと、隣の席のにやけた顔の男子生徒に魔王は言った。
「この席、変わってもよいな?」
「はい」
魔王はデレデレの顔をしたクラスメイトと位置を変え、椅子に座る。
そしてクラスメイトは俺の方を一切見ずに、魔王にだけ視線を固定したまま俺の膝の上に乗ってきた。
太腿から生温かい体温と、気持ち悪い感触が伝わってきて、目の前の脂ぎった髪からは汗臭い匂いが漂い気が遠くなる。
「おかしいだろ。気づけよ。そうじゃないだろ」
俺が声を荒げると、魔王はクラスメイトの首根っこを掴み、予め魔王の席と空けられていた席に投げ飛ばした。
女の子が人間を片手で投げ飛ばす。
怪獣が出たり、ヒーローがいたりする学校でも、それは普通のことではない。
「だからあいつなのか」
どこか納得したような声が教室内のあちこちで聞こえた。
魔王は、この世界を社会科見学するということで普通に転校生としてやってきた。
授業中はなんとか無事に過ぎ、休み時間に
「やい、マオー! お前を倒すために新必殺技を携えて地獄より戻ってきたじゃんか。覚悟!」
クラスメイトは魔王に対して警戒するというよりも、あの騒がしい飾磨とやりとりする相手ということで、相当警戒して遠巻きに見ている。
飾磨は奇っ怪なポーズで叫びながら飛び上がり、魔王に切迫し威嚇する。
胸と胸がぶつかり合うんじゃないかというくらいまで近づいても、魔王は泰然自若と伺うだけだった。
「くそっ! オレッチに女は殴れんじゃんか。せめてマオーらしくおっさんやドラゴンの姿ならいいのに」
飾磨は何もしてない魔王の前で地に伏した。
「ここまで騒がしいのは、余の世界にはいないタイプであるぞ」
「こっちの世界にもあんまりいないタイプだよ」
俺がそう答えると、魔王は飾磨の首根っこを掴み立ち上がらせる。
「これもヒーローってやつか。面白い」
魔王が飾磨を片手で吊り下げたままそう言う。
「油断したなマオー。実はこの時を待っていたじゃんか。くらえ!」
飾磨は魔王のおでこに黄色い紙を貼り付けた。
そこには『大魔王封じ』と文字が書いてある。
「この御札でお前を封印してしまう作戦だったじゃんか。ふぅ、これで安心。みんな、平和はこのブラジャスキッドが取り戻したぞ」
誇らしそうに飾磨は胸を張ったが、教室内はいつも通り、関わらないように無視を決め込んでいた。
魔王は赤い瞳を寄り目にして御札を見つめる。
「くれるというなら貰っておこう。ただ、これでは前が見づらいな」
そう言うと真っ黒な爪のついた指で御札を剥がし、制服の胸のあたりに貼り直した。
この学園は二億院の方針で若者の自由を尊重している。
茶色い髪や化粧をした生徒なら、別に珍しくもない。
不思議なもので自由にされると、かえってあまり過激な格好をする者はいなかったりする。
魔王の制服姿も、学生らしさの範疇から逸脱するほどではなく、それほど違和感はない。
「思ったよりもこの世界に馴染んでるな。その制服も」
「このスカートというビラビラはなんのためにあるのだ。防御力もなさそうだ」
そう言って魔王はスカートを捲り上げた。
魔王が着ているレオタードのような姿が、スカートの下から現れる。
「ぎゃー!!」
飾磨が悲鳴を上げて廊下の壁まで吹っ飛んでいった。
「なんてハレンチな。女がパンツを、スカートをめくるなんて! おのれ、やはり色香で誘惑する作戦にきたか。こうなったらオレッチも迎え撃つしかないじゃんか」
そう言って飾磨はベルトに手をかける。
「いつもの格好だ。見せてどうにかなるものでもないだろ」
そう言って魔王はピラッピラッとスカートをまくり上げる。
このわずかの時間に、なぜか廊下側の魔王に正対する位置には、不自然に男子生徒が増えていた。
「ぎゃー! ダメだ、そんなの目が潰れる。ヒーローにあるまじきやましい心がオレッチの身体を蝕んでいくじゃんか!」
魔王のパンツの前で飾磨がビッタンビッタンと暴れまわるのに合わせて、その奥にいる男子生徒達も不思議な踊りを躍るように動いていた。
「穢れたもののように言うな。笹咲は嫌いか?」
「好きか嫌いかと言われれば好きな方ではあるけど」
そう答えると、背後で盛大に机と椅子を倒す音が響いた。
振り向くとそこには、
二億院白空に手を回しながら、祝桜はこちらを見下すようなジットリと重い視線を送ってきた。
「シャシャシャケ! 正気を取り戻すじゃんか! 惑わされちゃダメじゃんか!」
後ろで倒れた二億院が気になってそれどころじゃないのに、飾磨は肩を掴んで頬をひっぱたいてきた。
魔王はまだピラピラとスカートをまくり上げたり下ろしたりして、それに合わせてどんどん増えていく男子生徒達が怪しい舞いを躍る。
「でも、誰にでも見せるのはやめよう。この世界ではスカートの中は大切な人にしか見せないことになってるんだ。見せると無駄に元気になる謎の力が秘められているからな」
この乱痴気騒ぎを収束させるべく、魔王にそう告げる。
「そうなのか。わかった。もう二度と見せない」
そう言って魔王はスカートを下げた。
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