第17話

 尖は一度キャスケットを脱ぐと前髪をかき分け再びかぶり直した。

 その際に、まつげの長い大きな目と理知的なおでこがハッとさせるほど印象的だった。


「そんなに僕の言葉に振り回されないでください。何の裏付けもない、ただの誇大妄想狂かも知れませんよ? こちらとしてはあなたみたいな素直な人ばかりだと楽なんですけどね」

「だってお前は知ってるんだろ。この先のこととか」

「ええ。現実はゲームと違ってスキップモードはありません。たとえそのやりとりは既に知っていても、律儀に等速で見守らなきゃならない。何度も理解してくれるまで説明するのはなかなか面倒臭いですよ。そんな中であなたのイレギュラーな存在はちょっと刺激的ですね」

「魔王は、どうなるんだ?」

「前に言いませんでしたかね? 登場人物が死んだりするような大きな変化はないって。異世界から離れた彼女は、今のところ力が弱まっているだけです。それも少し病弱な少女くらいで落ち着きます」

「そうなのか」


 俺はパイプ椅子の背もたれに身体を預け脱力した。


 なんだかわからないまま、手の施しようもなく終わってしまうなんてまっぴらだった。

 それに少なくとも自分に責任がある。

 俺が余計なことを言わなければ魔王はあんな無茶をしなかっただろうし、魔王の身体のことを考えずに超加速してしまったのだから。


 ベッドで寝ている魔王を見る。

 目をつむりピクリとも動かない。

 呼吸や寝息もないが、それでも生きている。

 その生命の存在そのものが俺を救ってくれたような気がした。


「飾磨はヒーローやめなかったのか? お前たち三人が来た時」

「そうですね、ちょうどあなたと同じ立場のはずなんですが。彼は、その、なんていうか、そもそも理想的なヒーローではなかったから」

「それは想像がつく」

「むしろ僕らの参加は必然で、彼一人ではどうにもならない状況でした。でも、なぜか彼は謎のポジティブさでリーダーを勤めてましたけどね。彼には周囲を巻き込む魅力がありますから」

「そうか。俺なんかよりもずっとヒーローだな」

「あなたのこれまでの苦労を考えると、気の毒だとは思いますが、もうヒーローとしての活動は考えないほうがいいかもしれません」


 尖は揃えた膝に手を置き、こちらを見ずにそう言った。


「はい、わかりました。なんて言えるか? だいたい今日の事故だってお前らが……」


 俺が燻る思いを吐き出そうとすると、尖が割って言葉を続けた。


「これからの戦いはもっと厳しくなります。それに僕はあなたの行く末を知りません。なにせ今まで出てこなかったキャラクターですから。下手すると、大きな怪我をしたり、最悪死んだりするかもしれない。あなたの運命は保証できないんです」

「そんなの覚悟の上だ。傷つくのを恐れてヒーローをやめるなんてできるか」


 尖は俺の言葉に、ゆっくりと息を吐くと顔を上げた。


「では、はっきり言いましょう。あなたは時代遅れなんです。あなたのようなヒーローはもう誰も望んでいない」


 尖は射抜くような視線でそう言った。

 言葉の後で口角を下げ、唇を固く結ぶ。


「なんでだよ」

「現代において、人がヒーローに求めるものは変わってきているんです。昔は憧れを抱く、格好いい姿。力の強さではなく精神の尊さが求められてました。強さは勝つための能力ではなく、負けても立ち上がる心のことを言いました。そこに人々は勇気を貰っていた。しかし、現代ではそんなヒーローは迷惑なんです。人は疲れている。それは大人も子供も一緒です。現実の人間関係や希望の見えない未来、幸せな幻想を抱くのも難しくなっている。そんな中で泥臭く頑張ることを煽られても辛いんです。誰もストレスを感じたくない。ヒーローを見る時だってストレスを感じたくない。だからヒーローはストレスを受けるような戦い方をしてはいけないんです。ピンチになってはいけない。ハラハラさせてはいけない。どんなすさまじい攻撃でも余裕で受けきらなきゃいけない。圧倒的な能力で勝つ快感を与えなければいけない。ただ強く、自分を投影して気持ちよくなれる、それが現代にマッチしたヒーローのあり方なんです。あなたのヒーロー像を否定したくはありません。しかし、もうそんなものを求めている者はいないんです」

「そんなこと……」

「認めたくないのはわかります。ただ、考えてみてください。僕らに戦う理由なんて初めから無いんです。必要なのは勝つことだけ。頑張って傷ついて乗り越えたから偉いだなんて、そんなの自己満足にすぎません」


 尖は俺が口を挟もうとすると先手を打つように言葉を続けた。


「俺は、自分のためじゃなく、みんなが幸せになれるようにと」

「あなたの活躍は人を追い詰めるんです。あなたが頑張れば頑張るほど、見ている方は頑張っていない自分を責めたくなる。何もできない自分が辛くなる。特に僕たちは人の情緒からエネルギーを抽出するという極めて繊細なバランスが要求されることをしているんです」

「でも、俺には責任がある。能力を手に入れた責任が。そこから逃げるわけにはいかないだろ」


 俺は拳を握りしめてそう言う。


 尖は、そんな俺を見てフッと表情を和らげると言った。


「逃げればいいじゃないですか。現代は『逃げてもいいよ』と言ってあげる寛容さ、無関心さが尊重されるべきです。そうでなければみんな追い詰められて自殺してしまいます。人々の情緒を揺るがせる、あなたは危険なんです」

「そんな……」

「戦う理由なんて、そんなものは哲学者に任せておけばいいんです。僕たちはヒーローです。見ているものにカタルシスを与える、それが一番の役割なんじゃないですか」

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