第16話
保健室のベッドに横たわる魔王を、俺は声をかけるわけでもなく見守っていた。
その二億院はというと、魔王をベッドに寝かせるまではいたのだが、すぐに忙しそうに今後の対策のためと出て行った。
帰り際に躓いたのか、盛大にベッドの横のカーテンを引きちぎって行ったが、これだけの騒ぎだと心労も多いのだろう。
それほどの惨状だったにも関わらず、保健室を使おうとするほどの怪我人は少なく、数人が消毒と絆創膏を使う程度の治療で帰っていった。
魔王は死んだように眠っていた。
普通の人間のように呼吸をしているのか、そもそもそんなことすらわからないので不安になる。
息遣いがあるのか、魔王の顔に耳を近づける。
視界には赤く小さな唇が見える。
人と同じ、同世代の女の子のようなキメの細かい肌。
俺は顔を近づけた体勢のまま思わずツバを飲み込む。
抗いがたい何かにより、自分を忘れそうになった時。
「いいですか?」
不意に声をかけられ、思いっきり身体を起こして振り向くと、ベッドを囲むカーテンから
「ああ! いいよ。全然大丈夫。なに?」
自分でも冷静さを失ってるのがわかるくらい饒舌に答えた。
「あなたと、その、彼女? も、関係のある話です」
「なにか知ってるのか?」
俺は尖の華奢な腕をつかみ食って掛かった。
「知ってることより、知らないことの方が多いのですが。少なくとも、あなたと話さないことには始まらないようなので」
尖は、あの三人の中では自己主張が少なくとらえどころのない不思議な存在だった。
ベッドの横にあったパイプ椅子に座って尖は魔王の寝顔を観察していた。
話があると自分から言ってきたくせに、黙っている。
「話があるんじゃなかったのか?」
「はい。ただ、どこから話せばいいのか。一つだけ伺いたいんです。あなたは誰なんですか?」
なんだかすっとぼけた質問だけど、尖のキャスケットの下から覗く目は、じっと俺から離れず、真剣さが伝わってきた。
「俺は……笹咲十慈。ウーパーシルバーバレットと名乗っていたけど」
「ウーパーってなんですか?」
「ウーパーはウーパーだよ。スーパーみたいな意味だ。つまり銀の弾丸を超越するほどの強さを表している」
「じゃ、スーパーシルバーバレットでいいのでは?」
「……ちょっとひねったほうが格好いいだろ」
尖は細かく頷いていった。
「なるほど。そのセンスは
その一言は、なんだか背筋をゾッとさせた。
オバケに会ったような、この場合、オバケは俺なのだろうが。
なんだか自分の存在が薄くなったような気味の悪さを感じる。
それもこれも、学園のヒーローの座を追われ、どうすることもできない日々を送ることになったからだろう。
でも、俺は俺自身としてここにいる。それだけは間違いない。
拳を握って開いて、床を確かめるように足を踏みしめる。
「いや、俺は前からこの学園に」
「それはわかってます。この世界にはあなたははじめからいたのでしょう。でもこんな世界は初めてです。僕はあなたの役割が何なのか不思議でしょうがない。いえ、はっきり言いましょう。とても不気味なんです」
「そんなこと言われたって。じゃぁ、それまで怪獣は誰が戦ってたんだ? 俺のいない世界で、お前たちが来る前には」
「シカマンですよ。愛と正義とかさぶたのヒーロー、流星のシカマン。今までのすべての世界に彼はいました。あのトリッキーで敵も味方も翻弄する戦い方はなかなかの脅威でしたよ」
「飾磨が。じゃ、俺のせいであいつは」
「あなたのせいなんて考えるのはいささか思い上がりが過ぎますね。別にあなたはこの世界の支配者でも創造主でもない。この世界にはあなたがいる、それだけです」
「そんなこと言われたってな」
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