第23話

「別に貴様といい勝負をしようなんて考えてはいない。貴様は仲間を傷つけた。その報いを受けるだけだ」

「足切ったの自分じゃんか」


 飾磨しかまがぼそっと言うと崇蔓すつるは指を弾く。


「どふぃ!」


 光の矢が崇蔓の指から放たれ、飾磨をデコピンした。

 10mほど吹っ飛ぶ強烈なものをデコピンと呼んでいいのかわからないが。


「今の衝撃で超変形ダイナチック・ブラジャス・ロボのコントロールユニットが壊れたじゃんか!」

「そんなものないだろ」


 俺がそう突っ込んでいる間に、崇蔓は黄金色に輝く鎧を纏い、背中から羽根を生やし宙に浮いた。


 怪獣が小虫を追いかけるように崇蔓の姿を煩わしそうに追う。

 その際に外れた攻撃で、生徒会棟の壁はみるみる崩壊していく。


 怪獣が外にでると同時に校庭が沈み込み校舎に防御柵が張られ始めた。


 青空の下、むしろ広くなって好都合だとでもいうように崇蔓は金の軌跡を描きながら飛ぶ。


 怪獣は狙いをつけてそれに飛びつくが、捕まえることはできない。


「戒め、それは優柔に与えし拘束。アンブレイカブル・ウェッブ!」


 崇蔓が呪文を唱えると、魔法の網が出現し怪獣に絡みついた。


「これは科学でも物理的な技術でもない。この世界とは体系の全く違う魔法だ。頭の悪そうな貴様が即時に対応できるとは思えんな」


 怪獣は網の中でもがく。


「すごいです」


 二億院におくいんが感嘆の声を漏らす。


 校舎の窓からざわめく生徒たちの声が聞こえてきた。

 その光景が、俺にとって嫌な記憶と重なりあって、喉の奥に苦いものが走る。


 確かに崇蔓の繰り出す攻撃は圧巻だった。

 その仕組が理解できないために、すごいという言葉しか出てこない。


「申し訳ないけど、できるだけ離れていた方がいい。俺にとっては怪獣よりも、君たちが巻き添えを食らうほうが怖いんだ。それに次に出す技は手加減ができない」


 周りの者はもはや残骸と言ってもいい生徒会室の壁の向こうに下がって様子を見る。


「もっとも、貴様に手加減をする気などハナから持ち合わせていないがな」


 そういって崇蔓は剣を高く掲げた。

 その剣から球状に光と波動が拡散する。

 それはビームやレーザーなどの武器のような恐ろしい感じのものではなく、どこか天使の合唱を思わせる高貴で美しいものだった。

 剣を掲げる崇蔓の姿そのものが一枚の名画のようで、そこからあふれる光と音とあわさり、さながらオペラの一場面を見ている気になる。


「滅せよ! 虹神クルーエルカプライス!」


 崇蔓がそう高らかに叫ぶ。

 しかし、その後5秒たっても10秒たっても何も起こらない。

 崇蔓も剣を振り下ろしたりせず、ピクリとも動かない。

 やがて剣からほとばしる光は収束し、ただ崇蔓だけが同じ構えのまま動かなかった。

 見ているみんなも不思議な表情で顔を見合わせる。


 そんな中で動き出したのは怪獣の方だった。

 この世にある形あるものを憎むかのように、無軌道に怪獣は暴れる。


 それでも崇蔓は宙に浮いたまま微動だにしなかった。

 怪獣の腕が大きく弧を描き、崇蔓の身体を横薙ぎに払った。

 そのまま崇蔓は吹っ飛び、校舎の壁にあたって瓦礫に埋もれる。

 その動きはどういう意図なのかと、不安になって見守る。


 怪獣が吠える。

 その咆哮から発せられたのは、音波か衝撃波か。

 気づいた時にはその場にいた者たちは弾き飛ばされていた。


 俺は咄嗟にクロックアップしてもはや一番弱くなってしまった魔王を守った。


 運悪く直撃を受けたなかなしは帽子を吹き飛ばしたまま見守っていた飾磨たちの元に弾き飛ばされる。


 幸い、飾磨の身体がクッションになって重なりあうように倒れていたが、起き上がった飾磨が大声で叫ぶ。


「おっぱい! 出てる! じゃんか!」


 尖がガバっと腕を前に回して身体を起こす。

 尖の制服はボロボロにちぎれ、痛々しく擦りむいた皮膚が露出していた。

 そしてそのシルエット、動きから女であることは明白だった。


 衝撃的な事実にも関わらず、驚いていられるような余裕はない。


「撤退しましょう。僕たちでは勝てない」


 尖が顔を上げて叫ぶ。


 崇蔓は瓦礫の中から這い出て焦点の合わない視点で口をパクパクしている。


「嘘だ。ありえない」


 それだけを繰り返してた。


「どうすりゃいいんだ。わかってるんだろ?」


 尖に詰め寄り、肩を掴む。

 隠すように組んだ腕から胸のふくらみが隠れ見えて思わずすぐに手を離す。


 尖は首を横に小刻みに振った。


「知らないんです。こんな怪獣。僕が知っているのはこんなのじゃない」

「ちょっとくらい違うことだってあるだろ。どうやって倒したんだ」

「可楽須くんと崇蔓くんと僕で協力して、初めてここで協力することによって倒せた。お互いの力を認め合って。でも、こんな、こんな絶望的な展開は一度だってなかった」

「なかったって言っても、実際に起ってるんだからしょうがないだろ」

「あなたがいけないんだ。あなたがイレギュラーだから、こんなことに」

「尖だって女だってこと隠してただろ!」

「関係ないでしょ! 僕は男だと言った覚えなんて無いです」

「何か関係があるんじゃないのか!」

「過去の経験によると、女の姿よりも男のふりをしていた方が展開がスムーズに行っただけです」

「これのどこがスムーズなんだよ」

「知らないですよ!」


 その時、俺の前で立ち上がった男がいた。


「そんなの当たり前だ。誰も先のことなんて知らないじゃんか。だけど、どんな敵にも切り込み隊長、ブラジャスキッドは立ち向かうじゃんか!」


 いつだって、どんな強大な敵に対しても物おじしない。

 敗れること、怪我をすることなどまるで考えない。

 ただ、強い意志と覚悟だけに身を委ねて戦う男。

 滑稽に見えるその姿は、時に人の心を奮わせる。

 飾磨凍良しむらとは、そういう男だった。


 飾磨はそう言って飛び出したが、すぐにバランスを崩して倒れ、盛大にゲロを吐いた。


「あぁ、蓄積されていた三半規管へのダメージが」


 可楽須が切なそうにそう漏らす。


 そう、そして飾磨はいつだって期待を裏切る男でもあった。

 俺は立ち上がって怪獣を睨みつける。


「お前たち三人が協力すれば勝てたんだな」

「どうするつもりなんですか、あなたに勝ち目なんか……」


 尖が悲痛な声を上げる。


「いままでだって勝ち目のある戦いなんてなかったよ」


 そう言って俺は怪獣に突っ込んでいった。

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