第20話
新しい三人のヒーローを呼ぶ放送が流れた。
俺を呼び出していた時のような緊急の放送ではない。
休み時間のそれほど重要でない放送といった感じだ。
生徒会棟を見ても、特に変化があるようには見えない。
当然のように俺の名前は呼ばれなかった。
理解はしている。
自分がどういう立場なのか。
それに対してもう抗議をするつもりもない。
俺が教室に入るとざわつきがピタッと止まった。
その空気の変わりように、さすがに凹む。
でも、俺はそんなことを気にしていられない。
もはやヒーローではない俺は、それを受け入れて生きていかなきゃならない。
「どの面下げてやってくるんだか」
ボソッとこぼした小さな罵り声も静かな教室内では俺の耳で拾えてしまった。
かつて俺はそいつに「代わりにヒーローになるか?」なんて言ってしまったことがある。
その声の主の目の前に歩いて行く。
俺が目の前に立つと、そのクラスメイトは明らかに動揺し、目を合わせずに言う。
「な、なんだよ?」
「今まで、偉そうなこと言ってすまなかった」
そう言って俺は頭を下げた。
教室内にざわつきが走る。
あの時は気づかなかった。
でもこういう状況になってみると、やはりあの頃の俺は他のものを見下して、邪魔をするなら排除してもいいくらいに思っていた。
そんな思いに疑問を持たなかった。
決して今の自分の境遇は望んだわけではなかったけど、なったからこそ気づくものもある。
それを教えてくれたのは、魔王であり、あの三人のヒーローだった。
「ハンッ? 今更なんだよ。媚びて仲間に入れてもらおうとでも思ってんの?」
謝ったことに対して特にリアクションは期待していなかったけど、その反応は予想外だった。
その生徒は俺に対してむき出しの敵意を向けた。
でもそれもしかたない。
自分が撒いた種だ。
ここまで俺を憎むくらい彼にとっては許せないことだったのだろう。
「すまない」
「ヒーローできなくなって、やっと身の程を知ったか。そうだよな、今のお前はあの時の飾磨みたいなもんだもんな」
そう言って男子生徒は周囲に向かって同意を促すような笑いを上げた。
周りの者は困惑して、それに乾いた笑いで同調する者、「やめなさいよ」などと一応は小声で諌める者もいる。
そう言われて気づいた。
飾磨もこんな気持だったのだろうか。
本来なら学園のヒーローとして戦っていたはずの男。
それに、俺はまだ能力があるけど、飾磨に至っては何もない。
なのに、あいつは必死でサイドキックとして立ち続けていた。
そんな飾磨を、俺はうっとおしく思っていた。
あいつなら、どんな時でも戦うことを諦めたりしないだろう。
「話は聞かせてもらった!」
その時、教室のドアが勢い良く開いた。
いつものように小柄な男が転がりながら入ってきた。
「シャシャシャケ、行くぞ!」
その唐突な登場に教室は一瞬静まり返る。
「飾磨……」
「そんな顔するな! わかってる。トイレにも途中で寄ってやるから」
「全然わかってないだろ。別に便意を我慢してるわけじゃない」
「それなら準備は万端じゃないか」
「そうだな、行くか」
そう答えながら思わず笑みがこぼれてしまう。
このシンプルな動機は悪くない。
俺はヒーローでありたい。
ヒーローである自分が好きだ。
背中に浴びせるように聞こえてきたのは、呆れと嘲笑の入り混じった笑い声だった。
それでも、もう俺は後悔はしない。
飾磨と一緒に廊下を駆けると魔王が立っていた。
「見てろと言ったのは笹咲だ」
魔王はそう言って口の端を持ち上げて俺を見つめる。
「そうだな。一緒に行こう」
俺たちは生徒会棟に向かって駆け出した。
制服の胸を開きヒーロースーツ姿になる。
「ちょっと待つじゃんか」
いつものように飾磨が呼び止めたので振り返ると、飾磨は魔王のそばに寄り添っていた。
魔王は息を切らしてへたり込んでいる。
「もう、走ることさえ……」
そこまで弱体化していたのか。普通の生徒以下だ。
「大丈夫。オレッチが担いでいく」
そう言って飾磨は魔王をお姫様抱っこする。
そのまま俺を追いかけはじめたけど、遅い。
当たり前だ。普通の人間がもう一人を抱えて走ってるんだ、早いわけがない。
「わかったよ、任せておけ」
そう言って俺は魔王をお姫様抱っこした飾磨をお姫様抱っこして走りだした。
「飾磨はなにか役に立ってるのか?」
「このバランスをとるのが難しいんだ。この世界ではオレッチにしかできない」
「なるほど。さすがこの世界はどんなものにも意味があるのだな」
飾磨の自慢げな表情に魔王は深く頷いた。
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