第14話

 三人は学園で一気に人気者になった。


 そしてその代償となるかのように、俺の人気は急降下した。

 周りの者達が遠慮をしている感じは今までもあったが、今度はちょっと感じが違う。


「おはよう。スーパーヒーロー様!」


 そう言って見知らぬ生徒が俺の背中を叩いて通り過ぎていった。

 教室に入ろうとするとクラスメイトの笑い声が聞こえた。


笹咲さささきとか言って、やっぱあいつ使えない奴だったんじゃん」


 思わず教室に入るのを躊躇して耳をそばだててしまう。


飾磨しかまは笑えるんだけど、笹咲はなんか笑えないんだよね。必死過ぎて」


 俺の名前が上がる度に、他の奴らが同調した笑い声を上げる。


「俺がやらなきゃ誰がやるんだ? とか言ってたら、他にやる奴が三人も出てきてんだもん。笑うよな」

「てか、あいつにしてみりゃ俺たちは戸惑ってるだけの可哀想な市民だから。完全に見下してるっしょ」

「いや、いいんじゃね? だってあいつが友達ヅラして一緒にどこか行こうぜとか言ってきたら嫌だろ」

「イヤだなー、あいつとカラオケとか想像できない」

「世界平和の歌でも歌うんじゃね」

「ヒーローの主題歌っしょ。変身ヒーローなんとか……シルなんとかみたいな変なやつ」

「なんだっけ、シル……しるだく? シルダクマン?」


 一言ごとに笑いがおき、俺の心は熱くなり、冷たくなり、やがて穴が開いたようになった。


 今まで助けてやったのは何だったんだ。

 つらい思いをして戦ってたのは何だったんだ。

 そこで笑ってるお前、お前を救ってやったことあるよな。

 なんなんだよ。そんな風に思ってたのかよ。


「入らんのか?」


 教室の前で立ち止まってる俺に声をかけてきたのは魔王だった。


「あぁ……」


 曖昧な返事をすると魔王は俺の背中に手をやる。


「笹咲も御札を貰ったのか」


 魔王の手には、俺の背中から剥がしたと思われるコピー紙。

 そこにはこう書いてあった。


 『スーパーヒーロー(笑)』


 俺はクロックアップで加速して一気に逃げた。


 魔王を撒くために使ってない教室に隠れたが、魔王の目はやはり俺の常識を超える知覚をもっているらしく、あっさりと見つかった。


「今の笹咲はどういう状態なのだ?」


 魔王が真面目な顔で聞いてきた。


「どういう状態って……」

「人間には変化があるのだろう。感情により強くなったり弱くなったり」

「弱ってるよ、悪いか」

「やはりそうであったか。ならば強くなるにはどうすればいい?」


 根源的な問いのようにも思えるが、人間の世界のことを知らない赤ん坊の無邪気な疑問と言ったほうが近いだろう。

 はっきり言って今はそんなことに答えたりしていたい気分じゃないのだけど、魔王を無視するわけにもいかない。

 一応、俺は『魔王様のお守り』らしいのだから。


「幸せになればいい、のかな」

「幸せとはどういう状態だ?」

「美味しいものを食べたり、面白いことで笑ったり、好きな人と一緒にいたり、そういう時に生まれる感情だ」

「そうか」

「そうだ」


 魔王は一人で納得したように頷く。


 沈黙が流れる。


 ひょっとして、落ち込んでるのを見て慰めてくれたのか。

 強さに誇りを持ち、弱いものは弱いものにすぎないという弱肉強食の世界で生きてきた魔王が弱ってる者を気遣うだなんて。

 なんだかそう思うと、ぶっきらぼうな物言いも嬉しくて微笑ましく感じた。


「余は笹咲を好きになろう」

「え、な、は?」

「そうなると強くなるのだろう? ならば笹咲を好きになって幸せになろう。笹咲は余に好きになられたら幸せではないのか」

「だって、魔王はそれ以上強くなる必要ないじゃないか」


 そう答えると魔王は俯いて下唇を噛んだ。


 なんだかどうしていいのかわからなく戸惑っていると突然ドアが開いた。


「そこまでだ! 話は全部聞かせてもらったじゃんか」


 そう言って前転しながら飾磨が入ってきた。


「う、飾磨。聞いてたのか」

「ふふふ。随分慌ててるようだな。思った通りじゃんか。どうせ新しい必殺技を思いつかなくて困ってるんだろう」

「え、え、何言ってんだ?」

「全部お見通しだぜ。だからこのブラジャーことオレッチが助けに来たじゃんか。相棒が挫けそうな時、カレーが思いの外辛くて挫けそうな時、UFOキャッチャーで絶対コレいったわ。絶対いったわ。って自信満々なのにアームがフニョってなって挫けそうな時、床屋で切り終わった後『こんな感じでどうですか?』って言われて鏡を見たら、なんだか取り返しの付かない髪型になってて……」

「わかった。挫けそうな時だろ」

「そう、あとブラのサイズがあわない時! そんな時に頼りになるのがサイドキックじゃんか。相棒」

「ブラジャーが合わない時は一生巡りあいそうにないけど。話を聞いてたんじゃないのか?」

「話? 何の話だ? オレッチは今、最高に格好いい突入の仕方をしただけだ」

「聞いてなかったのかよ。紛らわしいな」


 鼓動の早まった胸を撫で下ろすと、横にいた魔王が飾磨に言う。


「余が笹咲のことを好きになろうかと話を……」

「いや、いやいや! 隙があるから、気をつけろと注意されてたんだ」

「違う。好きに……」


 俺に邪魔をされた魔王が説明を続けようとすると飾磨は眉を上げてゆっくりと何度も頷いた。


「ははぁ~ん、読めたぞ。さては飾磨が立派だとか、頼りになるやつだとか噂をしてたんだろ?」

「よくそこまで遠慮なしに自画自賛できるな」

「ともかく、ライバルが現れた時に必要なのは新必殺技だからな。オレッチのアイデアノートの中から没になったやつをわけてやってもいいぞ」

「それどころじゃない。俺はもうヒーローですらないんだよ」

「シャシャシャケがヒーローやらないならオレッチはどうすればいいんだ」

「あいつらについていけばいいじゃん」

「何言ってんだ。オレッチはシャシャシャケのサイドキックって決まってんじゃんか!」

「飾磨が勝手に言ってるだけだろ。もう俺はそういう立場じゃないんだよ」

「馬鹿野郎!」


 飾磨は、俯いて呟いた俺に一気に詰め寄り、渾身の拳を左頬に入れてきた。


「笹咲をぶつな」


 俺がパンチによって倒れる前に、魔王が飾磨を同じように殴りつけて飾磨は壁まで吹っ飛んだ。


 飾磨は埃を叩きながら立ち上がる。


「そんなパンチは鍛えてるから全然効かない」


 その割には飾磨の足はガックガクになってふらつきながら俺を指さす。


「立場を考えるなんて、偉そうに。シャシャシャケはいつもそうだ。自分がやらなきゃダメだから。とか、能力があるからしょうがなく、とか。そうじゃないだろ、シャシャシャケの目はそう言ってないぞ。シャシャシャケアイは、いつだって戦う喜びにあふれていた。ヒーローであることを楽しんでいた。人から賞賛されることを望んでいた。いいじゃんか、それで! 好きでヒーローやって何が悪いんだ」


 殴られた頬が熱を持ち、その熱が頭の方にまで伝わって怒りで声が大きくなる。


「だけどもう俺の力は通じないんだよ。意味が無いんだよ。ヒーローの資格が無いんだよ!」

「そんな資格なんてどこでもらうんだ。保健所か。警察か。ヒーローの資格なんて一つだけ、自分がヒーローでいたい気持ちだけじゃんか!」

「うるせぇ! お前に何がわかるんだ!」


 自分でも驚くくらいの大きな声をだしてしまい、その声が掻き消えた後の妙な沈黙がわずかに胸を軽くした。


 飾磨は、俺のことをじっと見つめると眉を下げて泣きそうな顔をした。


「……わかるよ」


 一言漏らすと足をガクガクとさせてよろけながら、飾磨は俺の胸に倒れこみ、口から泡を吐いて白目をむいた。

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