第11話
学校を支配する空気っていうのは、残酷なものだ。
いくら外側を普通の生徒であるように着替えても、異世界の魔王であり、この世界の基本的な通念を知らずにちぐはぐな答えをする魔王はすぐに浮いていった。
もちろん、魔王がうっかり見せた力もその原因ではある。
この俺ですら学校では少し浮いているのだから。
ヒーローだなんて言った所で、一般人からしたら異端でしかない。
学校は『みんな一緒』という見えない絆が足元にずっと這っている空間だ。
そこで、すごい美少女だったり、とんでもなく頭が良かったり、ヒーローだったりする者は、自然と距離を置かれる。
傍から見れば、それは尊敬であったり、憧れなのかもしれないけど、距離が離れているという意味では差別と似たような空気がある。
俺にしてみれば、キャーキャー騒がれるより、遠巻きに見られている方がやかましくなくていい。
しかしそんな平穏を許さずに、自分たち普通の人間こそ優位だと勘違いしている奴も現れる。
「ねぇ~、
クラスの目立つ女子グループの中でボス格とされている女子生徒が魔王の机にもたれかかって聞いた。
その女子生徒が言葉を言い終わる度に、合図したように周りにいる他の女子生徒が小鳥のさえずりよろしく笑う。
「買ったわけではない。献上物だ」
「けん? なに? プレゼントってこと?」
意地悪な女子生徒と同じ土俵に乗らず、あくまで魔王として話す態度に、女子生徒たちは戸惑っていた。
「支配し、庇護する代わりに、被支配者は支配者に献上をするものだ」
「はは、なんかそれってヤバくない? SMっていうか。女王様みたいな」
女子生徒が煽るように振り返ってそう言うと、周りにいる女子生徒たちは同調するように笑い声を上げる。
「女王ではない。魔王だ」
周囲の嘲笑に一切動じず、威厳のこもった声で魔王は言い放つ。
その言葉にピタッと笑い声は止み、空気がねっとりと重くなった。
「その辺にしとけよ。困ってるじゃないか」
見るに見かねて俺は女子生徒たちと魔王との膠着状態に割って入った。
「はいはい。ヒーロー様の言うことなら聞かない訳にはいかないわね」
「なんだよ。その言い方は」
「だってそうでしょ。一人で頑張って学園の平和を守ってるなんてすごいわねー、えらいわねー、私たち一般人なんて虫けらみたいなもんですもんねー」
「そんなこと思ってない」
「でも、態度に出てるわよ。自分が正しいんだって、自分の命令に従わない奴は悪いやつだって思ってるんでしょ。だからやめろとか命令するんだよね。あ、ちなみにこれは私の意見じゃなくてみんなが言ってることだから」
「め、命令なんてしてないだろ!」
声が思わず大きくなり、驚いた女子生徒たちがビクッと身体をのけぞらせる。
二億院にヒーローから降格されたやるせなさが、余計に感情に燃料を注いでいた。
「やれやれ。女性に向かってそう怒鳴りつけるのはやめたまえ」
遠巻きに集まり始めた野次馬の中から出てきたのは、二億院に呼ばれた三人のうちの二人、
二億院が用意したのか、すでにこの学園の制服を着ている。
崇蔓の言葉に、集まっていた野次馬は振り返り、その端正な姿に声が上がる。
その横で、制服の上から薄いバックパックのようなものを背負った可楽須が斜め上になびいた髪型を整える。
「お前らは関係ないだろ」
挨拶くらいしか交わしていない二人だが、心の中にはすでに嫌悪感が生まれており、乱暴な言い方になってしまう。
「関係ないことはない。俺はこの学園の平和を守るために呼ばれてきたんだ。たとえ相手が誰だろうと、理不尽なことがまかり通るのは見逃せない」
崇蔓は後ろ暗いことは何もないというように、胸を張ってそう言った。
その姿に、集まっていた女子生徒たちはざわつき、ちょっと甲高い声で騒ぎ始める。
「かっこいー」
「見て、
「なんかいいかも」
俺に対しての反発が、そのまま好意に変換されているようで、一瞬にして崇蔓はこの場を制圧していた。
先ほど魔王にちょっかいを出していたリーダー格の女が可楽須に近づいて制服の肘のあたりをつまみながら言った。
「でも、笹咲は超人だから。すごい強いから謝った方がいいかも」
可楽須は、その言葉に笑顔で頷き角度によってメガネがきらめいた。
「みんな、彼の力を恐れて好き放題させてたんだな。だったらひとつ教えてあげよう。彼の力なんてなんにも怖くないよ。すでに彼は学園のヒーローではないし、ボクの方が強いからね。試してみるかい? 笹咲くん」
可楽須の言葉を聞いた生徒たちは、さらなる歓喜の声を上げた。
俺は黙ってシャツの前を開く。
胸元からヒーロースーツが覗いた時、地面が揺れた。
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