第39話

 たまたま数人の者たちを戦闘区域外に観客を誘導できたが、まだ残っている者たちもいる。

 そうそうすべてが上手く転がったりはしない。


 バクヒロは残っている者たちの元へと戻った。

 なにか手があるわけではない。

 それでも何がきっかけで動き出すかわからない。


 それを信じて、その場に居合わせる。

 それがヒーローでもないバクヒロにできる唯一のことだったから。

 その感動的な場面を遮ったのは野太い男の声だった。


「いいぞー!」

「おっぱい見せろぉ」


 品のない野次。


 バクヒロの誘導によって大分減ったと思っていたが、やはり人がいるというだけで群集心理が働くのか、さっきよりもまた何人か増えている。


 その中には、マミヤの妹、ヒナの姿も見えた。

 意外にもキネコの母親までいた。

 ただし母親は声援を送る余裕など無さそうに、青い顔をして手をにぎりしめている。


 恐らくここが戦闘エリアであり、進入禁止であることを把握してないのかも知れない。


「キミタチ、いい加減にしたまえ。これだからマナーのなってない門外漢は困る」


 肌寒さすら感じるのに顔に汗を滴らせている小太りの男がヒステリックな声を上げる。


 いままでのバクヒロが言いたかったことを代弁してくれたようにも思える。

 でも違うんだ。

 正しさを押し付けることで人の考えは変わらない。


 ヒーローが人に影響を与えるのも、きっと理屈じゃないのだろう。

 自身のあり方、その行動、存在によって人を心酔させるからこそ、考えを変えるだけの力を持つんだ。


 それだけの関係性を築いてない一般人同士では、どっちの考えも優劣はつけられない。

 たとえそれがしょうもない理由であっても、悪意のある理由であっても、本人にとっては守るべき理由となるのだから。


 結局の所、お互いを尊重して落とし所を決めることでしか解決はしない。


 相手が望むような何かを、譲れるような何かを提示できなければ、考えを変えることなんてできない。

 自分の無力さを再確認しそれを受け入れることにより、皮肉にもバクヒロはその事に気がついた。


 理屈としては正しいことを言っているはずの小太りの男ではあったが、その反応はやはり最悪だった。


「お前は一体何様なんだ」

「あんたの存在の方がマナー違反だろ、何だその格好は」

「オタクって気持ち悪いわねぇ」


 その言葉に小太りの男男は恨みがましい視線で人々を睨みつけ、独り言のようにブツブツと呪詛を唱えた。


 人々は一瞬怯んだが、隣の巨砲のようなレンズのカメラを持った痩せた男が大声を出す。


「レンズに、レンズに手を触れるなぁっ!」


 感情的になった痩せた男は三脚を振り回し、それがすぐ側にいた女性に当たった。


「うわぁ。可哀想」

「ひどい!」


 男を遠巻きに見ていた人たちからそんな言葉が漏れる。


 その言葉を聞いた痩せた男は、青ざめた顔で一人の女の子を締めあげた。


「お前らが悪いんだろうが! 謝れ!」


 人質のような形で囚われたのは、マミヤの妹ヒナだった。


「キ、キミタチ。これが見えないのか」


 今度は、太った方の男が先ほどビンビントリッキィが投げつけたバインド・ボンド・バンドを頭上に掲げる。


「ヒナッ!」


 ルージュは小太りの男に走り寄ろうとする。


 しかしその動きはすぐに止まった。

 ブランがへたり込んだまま動かなかったのだ。


「ブラン、助けるのよ!」

「いや……。お母さん。やだ、なんで」

「だから助けなきゃ、引きちぎってでも行くわよ」

「やだ、怖い。お母さん……」


 オバケに怯える子供のように、ブランは首を振る。

 埒のあかないブランをルージュはお姫様のように抱え上げ、走りだした。


 二人が近づこうとすると太った男が叫ぶ。


「新生フローラルキティンの二人はわかってくれますよね! オイラが一番二人を応援してるんだ。言ってやってください、こいつらみたいなミーハーなやつらに」


 ヒナを締めあげながら痩せた男は言葉にならないわめき声を上げる。


「あんたみたいのが一番迷惑。気持ち悪いし、臭いのよ。お風呂はいってるわけ? なにそのシャツ、一体どこで買うのよ。周りの人間に迷惑かけて、自分が正しいと思い込んで、それだけじゃ心細いから誰かに肯定して貰いたいんでしょ。自分の信念に胸を張れないのに大きな顔するんじゃないわよ」


 容赦のないルージュの言葉に小太りの男は青ざめ、そしてすぐに顔を赤く染めて地団駄を踏む。


「せっかく好きになってやったのに! 今まで応援だってしてやったのに!」


 バクヒロはその隙を突いて小太りの男に飛びかかった。


 ヒーローになりたかったわけじゃない。

 ただ守りたかった。

 フローラルキティンを。


 スーパーヒロインは、どんなことがあっても一般人に手を出すようなことをしてはいけない。

 

 たとえ彼らが善良でなかったとしても。


 バクヒロと太った男が転がってもみ合っていると、周りで見ていた男たちが押さえつけにかかる。


 どちらの味方という区別もなく、バクヒロと小太りの男は地面に組み敷かれた。

 ついでに痩せた男も興奮した観客たちから蹴られ殴られ、ヒナを開放して地面に伏した。


 小太りの男と痩せた男はそのまま数人の力のありそうな男たちに連れて行かれ、バクヒロも開放された。


 その瞬間に周りの人間がざっと離れていった。

 バクヒロの肩甲骨の辺りについていたのだ。

 例のバインド・ボンド・バンドが。

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