第40話
ヒーローに憧れた。
ヒーローになれなかった。
だけど、そんなことはたいしたことじゃない。
ヒーローじゃなくても、物語の主役じゃなくても、人生は続く。
そんな自分を投げ出さずに認めて生きていくのは、ヒーローとして生きるのと同じくらい挑む価値のあることだ。
『ボクのことは構わず、戦ってくれ!』
そんなやせ我慢を言うヒーローに憧れてたときもあった。
でも今のバクヒロは違う。
こんな時に、自分にふさわしい言葉は一つだけ。
「助けて~!」
バクヒロを救い、そのヒーローとしての献身的な行動に観衆の喝采を浴びるはずのフローラルキティンの二人は、バクヒロの元へと一直線に向かってきた。
「うっそ、近くで見るとマジ可愛い!」
「フローラルキティン・ルージュ頑張って!」
「キーちゃん、ママ間違っていた」
「意外と大きい!」
「一緒に写真!」
そしてその途中で観衆に囲まれて見えなくなった。
「嘘だろ……」
思いも寄らない事態に、絶望と恐怖に囚われて、腰のあたりにおもいっきり衝撃が走った。
「危機一髪だぞぃ!」
「おぅふっ」
瓦礫が散乱する道路に転がり身体を起こすと、バクヒロにタックルしてきた赤毛のパーマにはゴムの片方がくっついていた。
「痛いっ! たしかに今は危機一髪の状況だったけど、加減ってものがあるだろ」
「一人でコソコソと、抜け駆けしようったってそうはいかないぞぃ」
「そんなこと思ってない! ボクは……」
「誓ったぞぃ、あの銀杏臭いイチョウエンで。死ぬときは一緒だかんな」
「そうだよ! 誓ったのに、ニントモが逃げていったんじゃないか!」
「それはゴメン! もうニンを独りにすんな!」
「そんなの……こっちのセリフだよ。ゴメン」
涙と鼻水と顔中ぐしょぐしょになってるニントモを見て、不覚にも吹き出してしまった。
ニントモとバクヒロは戦闘区域の観戦スポットに戻った。
戦場に近くて掛け合いの声も聞こえるけど、戦いの位置によっては街路樹や建物が邪魔するため不人気で周囲に人はいない。
「マミヤの特訓したんだって?」
「なんで知ってるぞぃ? さては、心を読んだぞぃ?」
「まぁ、似たようなもん」
「本当は車をワックスで磨くやつをやりたかったぞぃ」
「大丈夫、心意気は役に立ってるから」
「あいつ、結構根性あるかんな。スーパーヒーローのこと何も知らないくせに」
「キネコさんもすごいよ」
「そんなのニンの方が知ってるぞぃ。小さい頃からいっぱい叱られてたかんな」
「彼女たちは、ボクなんかよりもスーパーヒーローにむいてるのかもね」
「弟者はスーパーヒーローにはなれなかったけど、あいつらにないものを持ってるぞぃ」
ニントモが周りを真っ赤に腫らした碧眼でこちらを見つめてくる。
「それって……」
「ちんちんだぞぃ」
フローラルキティンとビンビントリッキィの戦いは激しさを増し、炸裂する衝撃音、地面を伝わる振動、風船弾が破裂する時の衝撃までが伝わってくる。
観客たちも興奮したように応援の声を上げる。
陽も傾きはじめ、戦いもそろそろ収着するだろう。
「ちんちんともう一つあるかんな」
「もういいよ。だいたい言いたいことは分かったから」
「強い信念だぞぃ」
「……玉じゃなくて?」
「スーパーヒーローじゃなくても、スーパーヒーローの側には、誰よりも高い理想を抱き、誰よりも揺るがない信念を持ち、そして誰よりも仲間たちを信じる。そんな役割がいるぞぃ」
「それって」
「司令官だぞぃ! 実際に戦わないし、つまらない事務処理ばっかり。誰にも知られず決して声援を浴びることのないけど、これがいなきゃ話が始まらない! まさに通好み。全50話のうち1話だけ活躍する回があったりするぞぃ。今度ニンが密かに編集した司令官・マキシマム・特別コレクション・フューチャリング・科学技術班を見せてやるぞぃ」
「ありがとう。ニン……兄者」
誰もが認めるヒーローにはなれないかも知れない。
だけど、そんな普通の人が、誰かのヒーローだってこともある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます