第37話
フローラルキティンの二人と、ビンビントリッキィが戦いに集中できるように観客を安全な場所に避難させたい。
しかしバクヒロのような子供に注意をされたところで聞いてくれはしないだろう。
戦闘エリアに入り込んだ観客たちの背後でバクヒロが逡巡していると声が聞こえた。
「ずいぶん古い建物もあるのねぇ」
そうつぶやいたのは40代くらいの女性だった。
「あのアパートはサッカーの涎本選手が小さい頃に住んでたみたいですよ」
「涎本? 日本代表の?」
バクヒロが返した言葉に、今度は違う男性が問いかけてきた。
「はい。小学生の頃はこの辺に住んでたみたいです。昔住んでたといえば、お笑い芸人の回転式小獣の二人もここで育ったんですよ。あそこのマンションです。ほら、奥の黄色っぽい建物」
「まじで? あれ壊されちゃうの?」
「ビンビントリッキィが暴れたら壊されちゃうでしょうね」
「えー、それはなんかもったいないな。でも大丈夫じゃね? こっちは二人だし」
その場に集っていた人間がバクヒロの言葉に注目し始めた。
「いいえ。それがですね、ビンビントリッキィはベテランのスーパーヴィランです。とにかく都市を蹂躙することに関しては全ヴィラン
バクヒロがタブレットを操作すると、さらに多くの人たちがバクヒロの正面に集まってきた。
「これを見てください。ビンビントリッキィの建築物破壊率はぶっちぎりの一位、二位のほぼ倍です。ヒーローと激しい戦闘をしながらこれだけの破壊活動ができる凶悪なヴィランはいません。長年トップを走り続けてるだけあり演出もすごく、発言もこう言っちゃなんだけどすごい憎たらしいんですよ! 戦い方も豊富で特に気をつけなければならないのは必殺技でもあるトリッキィ・ボム・ベイビー」
バクヒロがそう話した瞬間に背後で爆発が起こり、フローラルキティン・ルージュとブランが弧を描いて宙を舞った。
「……アレです」
観客はそのタイミングのいい説明に沸いた。
「でもフローラルキティンは若い二人に交代したんだろ?」
観客の中から声が上がる。
「そうです。ただこの二人、デビューして間もないためにまだデータはありません。未知数です」
「俺は前のフローラルキティンの方が好きだったな。貫禄があった」
「そう仰る人もいます。今戦っている二人、フローラルキティン・ルージュとフローラルキティン・ブランはまだまだ未熟です。経験が圧倒的に足りない。そして対する相手は凶悪なビンビントリッキィ。旗色は悪いと思います。それでも彼女たちは戦いに行く」
「ルローラチチン負けちゃうの?」
4歳くらいの小さな男の子がバクヒロに問いかけてきた。
バクヒロはそれになんと答えようか逡巡した。
「負けないように応援しないとね」
男の子の手を引いていたお母さんがそう言った。
「ここよりももっと声の届きやすい場所があります。そこからなら高さがあるので建物の配置も見やすい。特にこの戦いは全体の位置を把握した方が絶対楽しめます。こっちです」
バクヒロがそう言って戦闘区域外にある観覧スペースを手で示すと、そこにいた者たちはみんなついてきた。
こんなことだったのか。
バクヒロは自分でも驚いていた。
あれこれ悩んで考えだした方法なんかじゃなく、その場で流されてやっただけのこと。
正しい心に訴えかけて行動を起こしたわけでもない。
バクヒロが普段から持っていたヒーローに対する気持ちに共感されたに過ぎない。
なんだか力が抜けてしまったような気すらする。
でもそれは大切なことなのかも知れない。
フローラルキティン・ルージュの哮りが聞こえる。
フローラルキティン・ブランの哄笑も響く。
胸を張って戦う者たちを見ながら、どこかバクヒロは清々しい気持ちになっていた。
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