第36話

 ルージュは大きな歩幅で跳び、一気に距離を縮める。

 跳び上がり身体を伸ばしてドロップキックをする。


 ビンビントリッキィはその蹴りを胸に受け、そのまま弾き飛ばされた。

 倒れたビンビントリッキィは、歯を見せいやらしく笑うと、指で紐をつまみあげる。


 ピンと張られた紐は、さっきビンビントリッキィを蹴ったルージュの足の先につながっていた。


 派手な破裂音が鳴り、ルージュの足先で何かが破裂する。

 反射的な悲鳴を上げてルージュが倒れた。


「いいキックじゃないか。次はなんだ? パンチか頭突きか? 俺の爆弾はどこにでもひっつくぜ」


 その言葉が言い終わらないうちにブランのジェット・ガジェット・ラケットからボールが放たれた。


 ビンビントリッキィは首に巻き付いたジェット・ガジェット・ラケットのロープを苦しそうに手でつかむ。

 するとロープの上をコマが転がり、ブランの手元に向かってきた。


 反射的にジェット・ガジェット・ラケットを離すブラン、地面に放り出されたジェット・ガジェット・ラケットの上をコマは軽い音をたてて弾んだだけで何も起きなかった。

 ビンビントリッキィがいやらしく声を立てて笑う。


「汚ねぇぞ!」

「ひどぉ~い」


 観客から責めるような声が上がる。


 思いはどうであれ、そういった声が出るほど見ているものを魅了する力はすごい。


 その証拠に母親に連れられたまだ就学前の子供たちもフローラルキティンに声援を送っている。


 ビンビントリッキィが手を揉むと、バスケットボールほどの玉が現れ、弾みながらルージュに向かった。


 ルージュは狙いを合わせるように腰を構えると一本足で回転し、風圧がこちらに届きそうなほどのするどいキックをボールに食らわせる。

 撃ち返されるかと思われたそのボールは、ルージュの足に当たるとはじけ飛び、中から幾つもの小さなボールが縦横無尽に飛び出してきた。


 無軌道に跳ねる無数のボールは、そこら中で破裂し、地面や建物を削り、ルージュの身体に容赦無いダメージを与える。


 続いてビンビントリッキィは、さっきと同じように手を揉み、ボールを出すと、今度は高く弧を描く軌道でボールを投げた。

 ルージュの方向でも、ブランの方向でもなく。

 その先には先程から熱狂している観客たちがいた。


 悲鳴が上がり、一転して人々が逃げ惑う。


 ブランが、高くバウンドするボールを追いかける。


「さー、頑張れ頑張れ。もうちょっとで追いつけるぞぉ」


 一旦足を止めたブランは、ジェット・ガジェット・ラケットでボールを狙う。


 しかし弾けた時の流れ弾のことを考えたのか、思い直して再び駆け出しボールを追い抜いて観客たちを背に、ジェット・ガジェット・ラケットを放った。


 先ほどと同じようにボールの中から小さなボールがはじけ飛ぶ。


 それが観客の方に向かわないように、ブランは身体を広げて防ぎ、その多くの破裂を自分の身で受けた。


「自分から当たりに行ってりゃ世話ねぇな。あんなやつら、死んだ所で百年後には誰も覚えてないのに」


 爆煙の中、怪我人がいないかブランは膝をつきながら周りを見回す。


 怒号と悲鳴と涙の中、すすと土にまみれ黒くなったルージュががビンビントリッキィに険しく、潤んだ目で怒鳴りつける。


「あの人達は関係ないでしょ」

「もちろん関係ないさ。死のうが苦しもうが、俺には一切無関係。何をムキになってるんだ? 戦いに集中しろよ」


 蜘蛛の子を散らすように去っていった観客たちも、脅威が去ってしまえばまた元の場所に戻ってきた。

 先ほどとあまり数も変わってない。


 戦闘区域外にも観戦に適した場所は用意されている。

 ただ、そこよりもほんの少しだけ見やすく、近いと言うだけでマナーを守らずに入ってきてしまう人はいる。


 一人が入れば、それにより雪崩のように人は増え始める。


 そこに悪意はない。

 ただほんのわずかな欲に転がってしまった人たちだ。


 ヒーローの正しい思いが通じていれば、そのような行動は慎むはずだ。

 とはいえ、バクヒロ自身にも思い当たる節がある。

 悪いとは思いつつも、許されるだろうという甘い考えに委ねてしまう瞬間に。


 善良とも言い切れない、ズルをしてしまう人たち。

 バクヒロと同じように、どこにでもいる弱い人たちだ。


 正しい思いで自分を律する、そんなことができない時だってある。


 ヒーローとして戦える者にはそんな身勝手な弱さはわからないかもしれない。

 許せないかも知れない。


 だが彼らはヒーローに救われる資格はないだなんて言いたくない。

 それはフローラルキティンの二人も同じ気持ちのはずだ。

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