第26話
バクヒロはベッドに寝転んで天井を見上げていた。
コケオドスの攻撃で倒れ、念の為にと医者で精密検査をした結果、まったく問題はなかった。
健康体。
単なる健康な人間の身体だ。
決してスーパーヒーローではない。
伸びをするとベッドの枠に腕が当たり、飾ってあったフィギュアがバクヒロの顔めがけて落下してきた。
フィギュアの伸ばした腕がちょうど目に当たった。
そのフィギュアはニントモから貰った、カラフル・ラジアル・マジカールの
ほぼ全能の神のような力を持つカラフル・ラジアル・マジカールについてまわる少年で、捕まってピンチになる足を引っ張るキャラだ。
さんざん迷惑をかけておきながら、カラフル・ラジアル・マジカールに助けられたあと「ここからが勝負だ!」と調子のいいことを言って、すべてをカラフル・ラジアル・マジカールに丸投げするのが彼の仕事。
片目が痛く、涙が出てきた。
「勇気は技術よ。勇気を出す練習もしてない人間が、いきなり出せるわけないじゃない」
マミヤの言った言葉がバクヒロの心に突き刺さっている。
幼い頃からヒーローに憧れていた。
そのために努力もしているつもりだった。
しかし、そのたびにぶち当たる壁。
どこか納得できない思いがあった。
ヒーローの持つ尊い理念は本当なのだろうか?
「諦めるな! 諦めなければ夢はきっと叶う!」
そう言った力強い言葉。
「誰かを守るためなら、この身などどうなったっていい!」
自己犠牲の精神。
だけど、怖いものは怖い。
面倒くさいものは面倒くさい。
全てを投げ売って正しい思想に注ぎ込むということはバクヒロにはできない。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ?」
有名な漫画のセリフだ。
そんな有名な言葉もバクヒロの胸につかえている。
人は諦めることを許されない生き物なのだろうか?
試合終了というのは、そんなに取り返しのつかない事態なのだろうか?
第一希望が叶い続ける人間なんてほとんどいない。
誰もが負けた先で、それでもやっていくしかない。
勝ちにこだわる姿勢は大切だろう。
ヒーローとして、全てをなげうつ姿は尊い、その背中に希望を見ることもある。
ただヒーローとして生きられなかった人間は惨めな負け犬なのか?
人が負けた時、諦めなければならない時、そこにもまだ希望があることをヒーローは教えてくれない。
夢の叶わなかった人間として、バクヒロはそこにいたい。
ヒーローになれない、ではない。
ヒーローにはならない!
自分の意志で、ヒーローとは別の生き方をする決意をする。
負けてもいい。
それは価値を損ねることなんかじゃない。
そんな一つの評価軸に縛られなくていい。
バクヒロは片目から流れる涙をぐいっと拭い、パソコンに向かった。
スーパーヒーローの勝率なんて今まで何度となくチェックしてきた。
母がフローラルキティンだった時の勝率なんて暗記しているくらいだ。
しかしヴィランの勝率を考えたことはなかった。
調べてみると、そういう情報を載せているサイトを見つけた。
スーパーヴィランの平均的な勝率は25%ほど。
基本的にヒーローに勝つことは少ない。
彼らも自分たちの理念を正しいと信じてるはずなのに、なぜこんなに低いのだろう。
それを調べていくうちに、興味深い資料に出くわした。
スーパーヴィランの目的は戦闘ではなく破壊行為だ。
そのための目標となる指針が定められており、一定の破壊行為をすれば任務完了として仕事は終わり、撤退する。
体裁としてはヒーローの勝利となってしまう状況があるのではないだろうか、という考察だ。
一定の破壊を防げなかった、というのはヒーローの敗北としてカウントされない。
ヒーローにとっての勝敗はあくまで戦いの勝敗だ。
最終的に戦いが長引けば長引くほど、ヒーローには有利になる。
またそのシステムを当てはめると、序盤は圧されていたヒーローが逆転勝利をするというドラマチックな展開も起こる可能性が高くなる。
破壊と再生産という、一見すると傲慢で独裁と批判の上がる行為を、エンターテインメントショーとして成立させたのはハラグロスの天才的な事業だ。
バクヒロはビンビントリッキィの勝率を追った。
勝率、実に4.6%。
ヴィランの平均25%からすると圧倒的に少ない。
ヴィランの側にどれくらいの破壊が任務としてしていされているのかはわからない。
しかし、95%以上の戦いが全て彼の敗北であるとは思えない。
なによりも、実際にこの目で見た限り、ビンビントリッキィは他のスーパーヴィランよりも建物を盛大に壊しているイメージが強い。
実はヴィランのシステムにおいて評価をすると相当なやり手なのではないだろうか。
バクヒロは考えずにはいられなかった。
ヴィランという存在でいるのはどういう気分なのだろうか。
ヒーローになりたがるものがいるのはわかる。
しかし、ヴィランになりたがるものはそう多くないように思える。
これはバクヒロがヒーローに囚われていたからだろうか。
彼らは彼らなりに選ばれたエリートなのかも知れない。
そして彼らのようになりたくて、なれなかったバクヒロのような存在もいるのだろう。
彼らは自らヴィランを称する。
悪の手先であるということを胸を張って主張する。
誰もが憧れるヒーローではなく、誇りを持って悪の怪人であると言うにはどれだけの覚悟がいるのだろうか。
ヴィランがいなければヒーローは成立しない。
少なくともスーパーヒーローショーにおいては。
バクヒロはヒーローを諦めた。
それによって広がった世界に目がくらむほどだった。
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