第25話
マミヤとキネコの二人が帰り、入れ違いに父が荷物を替えに戻ってきた。
「負けたらしいな」
責めるわけでもなく、慰めるわけでもなく、まるで天気の話をするように平坦な口調で父は言った。
内心、バクヒロはなにか報告しなければと話しあぐねていた。
それだけに父のいつもと変わらない雰囲気は気が楽になった。
「知ってるの?」
「フローラルキティンの情報なら光より早くキャッチするぞ、もう習慣になってるからな」
「母さんは?」
「元気だよ。見た目はミイラだけど。バクが負けて心配だから様子見てきてってケツを叩かれちゃった」
「そんな大げさな」
「そう言われて来たけど、パパはママの心配してただけだから、何もアドバイスできないぞ。掃除や料理のアドバイスならできるけど、そういうのでいいか?」
「いや、それは……今はいいかな」
「そうだよな」
父と改めてじっくり話をするのは久しぶりだった。
男同士の親子はどこか気恥ずかしく、中学に入った頃から二人で話したことなど数えるほどしかない。
仲が悪いというわけではないが、父に話さなくてはならないような内容もない。
この感覚が一般的なものなのか、父が主夫であるバクヒロの家庭が特殊なのかもわからなかった。
それでもなんとなく、わざわざ言葉にせずにわかってる振りをしてやり過ごすことで今まで問題なくやってきた。
しかしバクヒロにはこういう機会があるなら聞いておきたいことも多かった。
「母さんは、負けなかったの?」
「何言ってるんだ、結構負けてたんだぞ。もう、ものすっごく機嫌悪くなるし大変だったよ。バクが生まれてからは、家庭に正義を持ち込まなくなったけどな」
「そうなんだ? そんな時どうしてたの?」
「どうって……修業してたよ。秘密にしてたから知らないかもしれないけどママはすっごい努力家なんだぞ?」
「修業か。なんかマンガみたい」
「ママはおばあちゃんと仲が悪かったし。引くに引けないって部分もあったんだろうな」
「その時、父さんは?」
「バクのおしめを替えてたよ」
父はバクヒロの顔を見てニヤリと笑った。
「あぁ、そう……。あのさ、ボクらってなにか役に立てないのかな」
「何言ってんだ。母さんが戦ってる間、誰が家中ピカピカにしてたと思ってるんだ」
「そういうのじゃなくて。戦いでも支えたい」
「聞いたぞ。彼女たちの盾になったんだって? それ聞いてパパは恥ずかしかったよ。チョッパズだったよ」
「確かに格好悪かったけど」
「我々は守るのが役割じゃない、守られるのが役割だ。やるべきことは守られる生活を頑張るんだ。分不相応な振る舞いをしたがるなんて格好悪いぞ」
「でも、そんなんじゃなくて」
「あんまりスーパーヒーローを見くびるなよ。スーパーヒーローってのは大切な物を守りたければ守りたいほど力が出るものなんだ。彼女たちの力を引き出すために、守られる存在として成熟しなきゃならない。それが彼女たちの戦いに我々ができることだよ。つまり、愛されることだ」
「そんなのわかってるけど、それだけじゃ足りないんだよ。もっとなんかしたいんだ」
こういう真面目な話をしたことはなかったけど、なんだか父さんは嬉しそうに頷いて話を続ける。
「自分の進む方向を間違えるな。我々は決してスーパーヒーローにはなれない。だからと言って、役立たずなんかじゃない。我々には我々のやるべきことがあって、それは戦いと同じくらい大事だ」
「でも、ボクだって彼女たちの支えになりたい、自分の正しさを守りたい」
「力がないってのは弱いってことじゃない。力のある人間にはできないことができる。力がないこと、それはバクの強さだ」
「ボクの、強さ」
「これを受け取りなさい」
父は、懐からビニール袋に入った白い半透明の紙の包みを出した。
「これは?」
「自分が役立たずだと絶望した時。どうにもならないと思った時に使いなさい」
包みを開けると白く細かい粉だった。
なにかの薬物に見える。
父さんの顔を見ると、黙って頷いている。
決して変な薬じゃないんだろう。
ひょっとしたら、一般人でも一時的にパワーアップが出来る秘密の薬だったりするんだろうか。
少しだけ指につけて舐めてみた。
苦い。
反射的に咳き込んでしまう。
「エヘッエヘッ。これは?」
「重曹だ。掃除にも料理にも、あらゆる場面できっとバクを助けてくれる」
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