第24話

 バクヒロはマミヤに声をかける。


「ちゃんと説明してなかったボクが悪いんだ」

「どういうこと?」

「ボクがハラグロスの理念も、行動原理も、曖昧に濁して教えたから」

「ちょっと! そうよ、そのこと聞こうと思ってたの!」

「そうしないと、スーパーヒロインなんてやめちゃうと思ったから」


 マミヤは黙って尖った鼻をフンッと鳴らした。


 バクヒロはマミヤの斜め向かいの椅子に座った。

 キネコは少し離れたソファからこちらを伺っている。


 二人の意識がこちらに向いていることを確認してバクヒロは語り始めた。


「ハラグロスが街を破壊する、これは本当。ただ、破壊された家は保険が降りるし、あらかじめ予告された計画通りに行われる。スーパーヒーローショーはその口実でもあるんだ。その行動理念はコケオドスが言った通り、世界を最適化するというもので、そして世間の考えはハラグロスを支持する人の方が多いんだ。家が壊されても保険でお金が入ってくるし、新しい家や仕事なんかも提供される。ハラグロスが導き出した、その人にとって最も効率的な環境が。だからハラグロスの破壊行為を受け入れる人、待ち望む人も多い。そんな人にとっては、ハラグロスを邪魔するスーパーヒーロー、スーパーヒロインこそが悪だという人もいる」

「ちょっと待って、アタシたちが悪? 私たちの敵が正義の味方ってこと?」

「もちろん、ボクはそうは思わない。だけど、スーパーヒーローショーは昔みたいに単純な勧善懲悪の話じゃなくなってるんだ。どちらの主張にも正しい側面がある。だからこそ深いドラマが生まれる」

「ドラマなんて知ったこっちゃないわよ。アタシは正義のスーパーヒロインになれるっていうから!」

「ごめん」

「ちょっと、あなたもなにか言いなさいよ」


 マミヤは黙って聞いているキネコに話を振る。


「私は、何も言うことはありません」


 キネコは、それだけいうと唇を噛むようにきゅっと結ぶ。


「所詮ショーにすぎないし、ボクらのやってることは意味なんてないのかもしれないんだけど。ボクは勝つことは重要だと思ってる」

「そんなの当たり前でしょ」

「ボクは、自分の考えがおかしいとは思ってない。スーパーヒーロー、ヒロインは必要なんだ。だってそうだろ? 人には大事なものがある。住んでいる家にも、物にも、思い出がある。それは世界から見たらとるに足らないものかもしれない。くだらない、必要のないものかもしれない。だからって、それを誰かが壊すことなんて許せない。いくら頭が良い人たちに最適だと判断されたとしても、他人が判断して勝手に振る舞っていいわけがない。そういうものを守る人は必要じゃないか」


 マミヤは音を立てて椅子に座ると、考えこむように頭をかいた。


 重い沈黙が流れる。

 冷蔵庫のモーター音さえ気になるほど、誰もが押し黙っていた。


 バクヒロは沈黙を振り払うつもりで切り出した。


「変な話だけど、ちょっとスッキリしてるんだ。なんていうか、ちゃんと負けたから。恥ずかしいけどさ、ボクは今まで負けるのが怖かったんだ。怖くて怖くて、有耶無耶にしてた。負けそうになると笑ってごまかしたり、ハナから戦ってない振りしたり。でもそうじゃなく、今回は言い訳できないほど完膚なきまでに負けた。なんかこうなると、前向きになるしかないよね」


 バクヒロの言葉は本音だった。

 本音ではあったが、彼女たちに対してエールを贈るような形に濁してしまった。


 バクヒロが完敗だと思ったのは、スーパーヴィランに対してではない。


 彼女たち二人に対してだったからだ。


 自分がたどり着いたと思っていた場所、彼女たちはあっさりとそこを乗り越えて行く。


 どこかで認めたくなくて、彼女たちよりも自分のほうがヒーローに向いていると思いこんでいた。


 しかしそうではなかったのだ。


 マミヤは乱れていた髪を手櫛でなでつけ、仕切りなおすように胸をそらす。


「何言ってるのよ。負けてよかったなんて絶対にないわ。そんなこと言ってたら負け癖がついちゃうじゃない」

「それはそうだけど。謙虚な気持ちというか」

「アタシは、いままでバレエでもなんでも散々負けてきたわよ。そのたびに人生見つめなおしてきたらおばあちゃんになっちゃうでしょ。勝ちたいの。悔しいの。だから勝つためにはなんでもするの!」


 マミヤの乱暴な言葉にバクヒロは思わず笑ってしまった。

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