第20話

「キョッホッホ。なるほど、ア~タたちが。余はコケオドス。マッドソフィスト・コケオドスなのです」

「名前なんて覚えてあげませんわ」


 キネコが変身したブランは、マスクの後ろから長い髪が流れ、その軌跡が動きに彩りを与える。

 切れ長なつり上がった目も、口角の下がった薄い唇もマスクから覗かせ、普段のキネコよりもさらに気の強そうな印象を受ける。


 しかしそのスーパーヴィランへの対応もバクヒロは我慢できなかった。


 戦いの前の口上は、相手の言い分を聞いて、反論を交えながらエスカレートしていく所が良いのだ。

 はじめから拒絶したら盛り上がるものも盛り上がらない。


「まったく元気がいいですね。ア~タたちには感謝をしなきゃ。ビンビントリッキィはア~タたちにいいようにやられて反省中ってわけ。これからは余が絶望と恍惚を与えることになったのです」

「いらないわよ、そんなもの」


 マミヤが変身したルージュが跳びかかる。

 キネコよりも一回り背が高く、コスチュームから覗かせる肢体は、筋肉質でネコ科の動物のようにみえる。


 しかし、ルージュの身体はコケオドスに接触する前になぜか弾き返された。

 コケオドスはいやらしい笑い声を上げる。


「暴力に訴えるなんて、それがア~タたちの正義なの?」

「人々の生活を壊すあなたたちよりはマシですわ」


 ブランもコケオドスに突進したが、途中で失速し、身体を斜めにしたまま歩みを止めた。


「正義だ悪だなんて、後の歴史家が勝手に決めるものです」

「罪もない人を傷つけるのを、私は許すことができません。絶対に絶対にできないのです!」


 ブランがコケオドスに指を突きつける。

 普段のキネコの消え入るような話し方とは打って変わって、ブランは尻上がりに勢いのつく話し方をする。


 やはりスーパーヒーローショーをよく知ってる。

 こういった舌戦、主張のぶつけあいもショーの見どころの一つだ。


 ただ、こうして観客ではなくショーの作り手側に回ってみると、今まで気づかなかったものがよく見える。


 マッドソフィスト・コケオドス、フローラルキティンと戦ったことはなかったけど、新人の二人の慣れない戦い方に対して、きちんとショーとしての体裁を整えてくれている。


 バクヒロがスーパーヒーローの立場だったら、かなり深みのある舌戦ができたに違いない。


「人なんてのはたいがい罪深いものです。汚れてない人間なんていないのですから」

「そういうことじゃないわよ、バカ」


 ルージュは感情的になっているのか、力のこもった蹴りを放ちながら叫ぶ。


 動きながら話せる、という身体能力の高さは素晴らしい。

 そこはルージュのウリになるかも知れない。


 ルージュの連続した攻撃は、コケオドスに届かず空気の壁に阻まれたように弾かれた。


「いわれなき暴力反対です」

 暴力を一切受け付けていないコケオドスの声が響く。


 続いてブランもコケオドスに向かうが、近づく前に弾かれ尻餅をついた。


 ルージュが起き上がって足や尻の埃を払う。

 もう一度コケオドスに向かったが、またしても見えない壁に阻まれる。

 ルージュは壁を押しこむようにコケオドスに声を上げる。


「武器を使って、お金儲けのために人を傷つけてるんでしょ。それがあなたたち組織のやり方でしょ」

「人がより豊かになるためにやっているのです。お金なんて概念よりずっと幸せになるために」

「戦争のために武器を売ったりしてるくせに」

「そんなネットで聞きかじった知識などで邪魔しないでくれるます? 余らの理念は一つ。世界を最適化することです。あるべきところにあるべきものを、もっとも効率が発揮できるように配置する。誰もが幸せになるために」


 ルージュがバクヒロの方を振り向いた。

 そのマスク越しの瞳には、疑惑と不安の色が見て取れた。


 嘘をついたわけではない。

 ただ全体の枠組みを説明するために、細かい部分を言っても理解できないと思って端折っただけだ。


 現時点では、ハラグロスを悪の組織と捉えたほうがわかりやすいと思ったのだ。


 再びルージュはコケオドスの方に向かって叫ぶ。


「どういうこと? 軍事産業のためじゃないの?」

「能力のある人間は、より能力が発揮できる場所に、能力のない人間は、能力がなくても構わない場所に配置し直す。建物も同じです。人も、街も、都市も、国も、世界のすべてを最適化するのです。誰もが自分に適した幸せを得るために」


 コケオドスは天を仰いで両手を広げ言い放つ。

 胸のスピーカーから放射された振動に、ルージュはよろめき、立ち上がったブランは再び倒れる。


「だから、うるさいっての! だったら暴力なんかじゃなくて他の方法だってあるでしょ」

「言われなくてもやってます。だけど無能なクズほど身に余る幸福を享受していることに固執して抵抗するわけ。だからこうして余が粛清するのです」


 スピーカーからの振動で道路に面した塀が崩れる。


 それを見て、避難せずに戦闘区域にとどまっていた野次馬が怒声を上げる。


 ヒーローウォッチャーとしてバクヒロが見たことのない顔ばかりだ。

 スーパーヒーローショーの観戦は一部のマニアしか来ないし、フローラルキティンにこれほど人が集まったことはない。


 勝手な言い分だけど、実際に関係者になってみたら邪魔な事この上なかった。



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