第21話
戦いはまだ本格的に始まったわけではない。
マッドソフィスト・コケオドスがそれを阻んでいた。
二人のフローラルキティンが攻撃を仕掛けようとするが、すべてを無効化する。
なし崩し的に二人はコケオドスのペースで舌戦に乗っていた。
「でも、それで傷つく人がいるじゃない」
フローラルキティン・ルージュがコケオドスに食って掛かる。
内容に深みはないが、初めてスーパーヒーローショーを見る初心者の視点としては、アリなのかも知れない。
バクヒロだったら、わざわざそんなわかりきったことよりも、お互いの個性を表現できるようなやりとりをしただろう。
「傷ついたと大げさに騒ぐ人に目を奪われて、視野が狭くなる方が理性がないんじゃないのですか?」
「なんですって!」
ルージュがコケオドスに飛びかかるが、またも届かず跳ね返される。
後方に回転して立ち上がったが、コケオドスの周りのバリアは厄介なようだ。
「目についた可哀想な人に手を差し伸べてれば気持ちも満たされます。周りからも喜ばれて万々歳。でもそれだけです。ア~タの抱えている正義は人気取りをするのが目的なの?」
「なにが言いたいのよ」
「ア~タが言っている正義というのは、既得権益者の利益を守るってだけです。今ある家を壊さない。今ある人の健康を害さない。今あるものから何も変えようとしない」
「スーパーヒロインは、人々の生活を守ってるのよ!」
「それは良いことなのですか? 誰かが死んだおかげでお金が入る人もいる。家が無くなれば、周りが活性化する建物が立つ。居座ってる人がいなくなれば、新しい者にチャンスが来るのです」
「そんなの、わからないじゃない」
ルージュが高い位置から飛び降りざまにキックをする。
スピードの乗ったルージュのキックもコケオドスに触れる前に勢いが止まり、反発する勢いでルージュは壁に激突する。
はじけた瓦礫が野次馬の方に飛ぶのをブランが身体で防いだ。
「そう、わかりません。すべてが計算できるわけではない。あくまで可能性。でも、それって大事ではないですか? 良くなるかもしれない可能性をつぶしてるのはア~タ。目に見えない幸せを潰して、目に見える可哀想さだけを追っているのがア~タ。それがア~タの正義」
「なんなのよ、もうっ!」
「ア~タが助けたがってる人たちは、みんな善人なわけ? その人たちがいじめている人もいるのよ? その人たちがいなければ幸せになれる人だっているのよ? そういうことも、見ないふりしておけば楽だものね」
ブランが長い髪をなびかせ、助走をつけてコケオドスに向かう。
あと少しの所でコケオドスが振り向き、弾き飛ばされた。
その動きではっきりした。
コケオドスの胸のスピーカーから何かが放射され、それが圧力となって近づくのを阻んでいるのだ。
「世の中には、もっと幸せになるべき人間がいるのです。能力もあって、努力を重ねている人間が。だけど、ほんの小さな運を拾えないために苦い思いをしてる。一方で、能力もなく、怠惰なまま幸せを享受している人間もいる。ただ運が良かったというだけで。ア~タたちは、その運が良かっただけの人の幸せを奪うな、と戦ってるのです。それは、本来幸せになるべき人間の幸福を奪っていることではないのですか? 目に見えない誰かを傷つけて、目に見える人だけを贔屓する。それがア~タたちの正義なのです」
ルージュはコケオドスの言葉を聞いて動かなくなった。
確かにコケオドスが言っていることも事実の一側面だ。
しかしそれがすべてというわけでもない。
そもそもヒーローとヴィランは考え方が異なるから戦わなくてはならないのだ。
その時、タイミングの悪いことにブランの後ろから石つぶてが飛んできた。
「あんた! なんで私の家、私の家を守ってくれなかったの? 他の家は助けてるのに、なんでうちだけ助けなかったの? わざとやっているの? どうしてくれるのよ。返してよ、うちを返してよ」
おばさんと言って差し支えない年齢の女性がブランに向けて石を投げつけていた。
悲鳴のようなヒステリックな声、涙を流して感情をすべて発散しているようだ。
戸惑う二人のスーパーヒロインを前に、コケオドスは高笑いとともに言った。
「良かれと思ってもすぐこれです。自分の幸せしか考えない怠慢で愚かな人間は、人を羨み、感謝を忘れ、人を呪い、傷つける。それがア~タの救った人なのです」
ブランはコケオドスに何度も弾き飛ばされたのが効いているのか肩で息をしている。
ルージュがおばさんを威圧するような目で睨む。
もはやおばさんには周りは見えていないようだった。
おばさんが闇雲に投げた石はルージュに向かい、彼女はそれを弾き飛ばす。
「それでも、こういうのって理屈じゃないでしょ!」
悔しさをぶつけるようにルージュはコケオドスに向かって前傾姿勢で近づいた。
弾き飛ばされないように、大木を抱えるような体勢でコケオドスの周囲の空気を押していく。
「そうです、でもア~タたちが変な抵抗しなければ巻き込まれずに済んだ人だっているんじゃないですか? まっ、たとえ自分たちのせいで傷ついたとしても、悪役のせいにしてりゃいいわけだから気が楽なのです」
おばさんのヒステリックな叫びに誘われたかのように、いつの間にか野次馬は数を増やしている。
一応遠慮して遠巻きに見ているものの、戦闘区域だとわかって入ってきてるのだ。
スマホやタブレットを持ってみている人が多く、ネットの情報を知って来たものかもしれない。
「どうでもいいんだけどさ、早く終わらせてくれない?」
「うるさいんだよね、さっきから」
「もっとサービスしろよ。おっぱい見せろー」
数が増えた野次馬はだんだんと調子に乗って口汚い野次を飛ばす。
スーパーヒーローウォッチのマナーとしてなってないし、なにより戦いの邪魔になる。
自分より年上の大人たちに声をかけるのは怖い。
それでもなにか自分にできることを。
スーパーヒーローに憧れたバクヒロが今しなければいけないことを。
バクヒロは拳を握りしめ、恐る恐る声をかけた。
「あの! 危険ですから、ここから離れてください」
「何だよ、お前」
「とにかく、離れてください」
「バカ野郎、俺の友達がそこの家に住んでるもんだ。いちゃいけない理由なんてないだろ」
「危険なんですよ。ほら、彼女たちだって戦いづらそうにしてる」
「知るかよ、自己満足で暴れてるだけだろ。どっちも邪魔なんだよ。だいたいお前は何だよ、気持ち悪ぃな、オタクか?」
男が乱暴にバクヒロの肩を払う。
暴力と言うにはささやかすぎるその行動だけで、バクヒロはバランスを崩して脇腹から地面に倒れた。
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