第22話
観衆の振る舞いによって無様に倒れたバクヒロにルージュとブランの意識が向いた。
それを待ってたかのようにコケオドスのスピーカーから衝撃波が出る。
背中を押されてルージュが倒れた。
起き上がろうとした彼女を、上から押さえつけるようにコケオドスのスピーカーから圧力が出る。
その衝撃波がきっかけだったのか。
いままでの振動でダメージが蓄積していた鉄塔が傾く。
金属が歪む不快な音を響かせてねじ曲がった鉄塔は、野次馬たちめがけて倒れてくる。
今まで好き放題野次を放ち、戦っているフローラルキティンたちに石つぶてまで投げていた人たちだ。
だから言ったのに。
あれほど注意したじゃないか。
バクヒロは恐怖とともに、ざまあみろという加虐心が芽生えてしまう。
その感情に気づき、バクヒロは激しい罪悪感に襲われた。
悲鳴と怒号の中、惨状が繰り広げられるかに思われた。
しかし鉄塔はギリギリのところで地面に衝突するのを踏みとどまった。
鉄塔の下には、フローラルキティン・ブランが、あの薄い唇を歪めながら支えていた。
ブランの口元は、口角が上がっていき白い歯が見えてきた。
歯を食いしばっているのはわかる。
しかしその表情は驚いたことに笑っているのだ。
苦痛が嬉しくてたまらないとでもいうような笑みだった。
表情とは裏腹に、肉体はただ支えるだけでも精一杯らしく、きしんだ音とともに徐々に鉄塔が地面に近づく。
人々はあらかた逃げ出したが、石つぶてを投げていたおばさんは腰を抜かしたのかそこから動けずにいた。
「誰かー! 誰かぁ!」
おばさんはヒステリックに声を上げる。
しかし我先にと逃げ出した人たちが助けに戻ろうなどとするはずもなかった。
バクヒロは駆け寄り、おばさんの腕を引く。
埃の舞う地面を引きずるようにして鉄塔の下から逃げた時、鉄塔が地面に音を立てて倒れた。
「危ないじゃないのよ! なんでもっと早く助けないの!」
ヒステリックに叫ぶおばさんの声を無視してバクヒロはブランのところに駆けた。
ブランは体力を使い果たしたのか座り込んで肩で呼吸をしていた。
汗に埃が付いて顔が汚れている。
「ふふふふ。あはははは。最高っ! 助けるの。私は。何があっても。誰でも。私は助ける。それが私の正義ですから! 私はスーパーヒロインなのですからっ!」
哄笑しながらブランはそう言った。
どこか狂気を感じさせる。
しかし、胸を張るその姿に神々しさすら感じてしまう。
それに比べて罵るだけの市民の無様さはどうだ。
こんなに一生懸命に戦っているのに、誰にも伝わらず、ただ傷ついていく。
傷つけられても、やり返すことなく、それでもなお守ろうとする。
その姿を見て、バクヒロはなにもしないでいいのか。
ただ嘆いているだけなのか。
そんなの、彼女たちを傷つける人たちと変わらないんじゃないか。
立つ力もなくなるほど憔悴しているブラン。
コケオドスの胸から放射される圧力に押しつぶされ、うつ伏せでもがくルージュ。
バクヒロの足を前に進めたのは、正義感だけではなかった。
あの時、文句を言うやつらが痛い目を見ればいいと一瞬でも思ってしまったことの罪悪感。
スーパーヒーローを愛する者として、あるまじき考えをしてしまったこと。
その過去を払拭したい。
正しいことを、圧倒的に正しいなにかを欲していた。
人気のいなくなった戦闘区域、周りの建物も崩れ広く視界が開けた場所でコケオドスに向き合う。
「待て!」
「へ? ア~タ誰よ?」
バクヒロを見たコケオドスは、それまで浮かべていた勝利の笑みを歪ませる。
胸のスピーカーの角度からははずれているはずなのに、その身体の芯に響く低音に吐き気がする。
「誰って……。新生フローラルキティンの……ファン一号だ」
「あっきれた。ファンに守られるなんて、それでもスーパーヒロイン? どう見ても一般人じゃない。ア~タ、死ぬわよ?」
「そうだよ。ボクは一般人だ。もう、悲しいくらいに一般人だよ。だけどボクには時を重ねた正義の濃い血が流れてるんだ。お前なんかにわかるか、スーパーヒーローに憧れ、望み、欲し、それでもなれなかった一般人の気持ちが」
「何言ってるのよ」
自分でも何を言っているのかわからない。
コケオドスがこちらを振り返ると、スピーカーの振動が重力を引っ掻き回すように地面を揺らした。
それでも、最後の力を振り絞って、バクヒロは、戦うと、強く思った。
「いいか、よく聞け。ボクの目が黒いうちは、彼女たちに指一本……」
そのセリフの最中で地面が眼前に迫った。
意志に反して、バクヒロの意識が遠くなった。
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