第15話



「ああっ! これ」


 沈黙を無理にでも破ろうとしたのかマミヤが大きな声を出して飛びついたのは、部屋の隅で埃をかぶっていた筋トレ器具だった。


 そう、お手軽に身体を鍛えて女の子にモテモテになるというアレだ。

 思春期の男子が女子に見られたくない持ち物として誰もが同意してくれる一品だろう。


「やっていい?」


 マミヤは早速筋トレ器具にとびつき、カシャンコカシャンコと軽々と筋トレを始める。


 よくよく考えたらこの部屋には、見られたら恥ずかしいグッズであふれている。

 同世代の女の子が入ってくるなんて想定したことすらなかった。


 見返すと、すべてのアイテム、壁紙やカーテンの柄までもが恥ずかしくなる。


 ニントモから貰った可愛いとは言い難いヒーローのフィギュアなんかは、バクヒロ自身もなんで飾ってあるのか説明できない。


 エロいものが堂々と置いてあるわけじゃないが、自意識過剰な痛いもの、センスの悪いものなんか見られたくない。


「キネコさん、大丈夫かな」

「え?」


 バクヒロはそう言いながらドアを開けた。

 ゆっくりと移動しながら、リビングの方に向かうようにマミヤの注意を促す。


 マミヤは名残惜しそうにバクヒロの部屋に視線を送りながらあとをついてきた。


「思いつめてなきゃいいんだけど」

「気になるの?」

「当たり前だよ。フローラルキティンをやめるなんて言い出したら困るじゃないか」

「なんで?」

「失敗の責任をとってやめるなんて、スーパーヒーローはしちゃいけない。失敗は次で挽回すればいい、そのためにどんなに辛くても続けなきゃいけないんだ」

「あー、それはわかるわ、うん」

「だいたい、そんなの母さんが一番悲しむよ。本当に責任を感じているなら、もう一度戦って笑顔を取り戻すべきだ」

「それ、本人に直接言ってあげれば?」

「言ってあげたいけど、どうかな。意見を押し付けるのも悪い気がする」

「――たぶん、もう聞こえてるとは思うけど」


 リビングに入る玉暖簾をくぐると、部屋の隅で所在なさそうにキネコが立ちすくんでいた。


「あ……。え。二人。なのか」

 バクヒロの混乱しすぎて挨拶すら忘れていた。


 キネコは泣きはらした赤いまぶたで、頬を紅潮させ不器用に微笑んだ。


 ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴った。

 ドアを開けるとニントモが思いつめた表情で立っていた。


 ニントモは家の中に入ろうともせず、ビー玉みたいな碧眼でじっとバクヒロの顔を見つめる。


 さすがに恥ずかしくなって目をそらすと、ガッと勢い良くバクヒロの首に抱きついてきた。


「大丈夫だかんな! ニンはいつでも味方だぞぃ」


 そう言って背中に回した手をポンポンと叩く。


 傍若無人で迷惑をかけられることも多いけど、バクヒロが困ってると必ず助けにくるやつ。

 きっと、フローラルキティンのことを気にかけて力づけに来てくれたんだろう。

 その不器用な優しさに目頭が熱くなる。


「ん? 誰か来てるか? 敵か!?」


 玄関にある鮮やかな色の小さな靴を目ざとく見つけてニントモが声を出す。


 リビングから玄関の方に向かって、マミヤとキネコが顔を出して会釈をした。

 その瞬間に、ニントモはバクヒロの身体を弾き飛ばす。


「裏切り者! 弟者は敵だぞぃ」


 なんて短い友好期間だったんだ。


「違うんだ。彼女たちが、新しいフローラルキティンなんだよ」


 ニントモは二人を見ると、後ろを振り向いて尻を叩いた。

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