第33話


「フンッ! 結局、話し合いでどうにかなるようなことじゃないのです」


 コケオドスは今までのように大上段に構えるのをやめ、フローラルキティンの方へと向かってきた。


 スーパーヒーロー対スーパーヴィランの舌戦として見事な盛り上がりだったとバクヒロは確信した。


 コケオドスは、低い構えで距離を一気に詰め、ルージュに飛びかかる。

 だがその跳躍は不自然な軌道で地べたに落ちた。


 慌てて振り返るコケオドスの足にロープがからみついていた。

 ブランのジェット・ガジェット・ラケットのロープだ。


「なにをするのです!?」


 振り向いたコケオドスの顔をルージュがドリル・フリル・トゥシューズで蹴り上げる。


 キックを避けながら転がりうつ伏せに倒れたコケオドスは、手を使わずに胸の装置から発射される衝撃波で宙に浮いた。

 そのまま立ち上がり、手を掲げてルージュに向かって胸を逸らす。


 音波の圧力で動けなくする技だ。

 かつての一方的な戦いが思い出されたときにコケオドスの手にロープが絡まる。


 ロープに手を引き寄せられ、コケオドスの身体を回転させられる。


 ブランが猛る笑い声を上げながらジェット・ガジェット・ラケットのロープを引っ張っていた。


 胸から出る衝撃波から外れたルージュが距離を詰める。


 しかしコケオドスはさらに回転すると、貯めていた圧力を開放するようにルージュを吹き飛ばした。


 思わず見ているだけで感嘆の声を漏らしてしまう。

 マッド・ソフィストという二つ名を持つコケオドスだけに、知能戦が得意なのかと思いこんでいたが、身体能力がとても高い。

 それに戦闘における状況変化に対応するのが早い。


 相手が二人組というのは、ケチをつけようと思えばできる部分だ。

 しかしそれを受け入れてなおかつ魅せるというのは、相当熟練された技術が見てとれる。


 コケオドスは、腕に巻きついたジェット・ガジェット・ラケットのロープを大きな手のひらで握ると力いっぱい引き寄せる。


 身体を構えて耐えていたブランは、引っ張られる力を利用してに羽が生えたように空中に踊った。


 コケオドスを飛び越え背後に降り立ち、ジェット・ガジェット・ラケットはコケオドスの首に巻き付いていた。


 喉を締められ、声を出せなくなったコケオドスにルージュのドリルのキックが火花を散らす。


 ロープから放されたコケオドスは、そのまま道路を十数メートル吹っ飛んだ。


 いつの間にか連携ができている。

 どちらの努力とかではない。

 彼女たちは、二人で戦うということを認めたのだ。


「ふんっ!」


 胸を張り、ひときわ大きく見えるようにコケオドスは起き上がった。


 再度ブランがジェット・ガジェット・ラケットを振りかぶる。

 コケオドスに先端のボールが当たり、跳ね返ってきたボールを再びブランが打ち返す。


 連続した攻撃になすすべなくコケオドスはたたらを踏んだ。


 そこにとどめとばかりにルージュが延髄蹴りを繰り出す。


 しかしコケオドスの胸から放射される衝撃波によって、ルージュの身体は吹っ飛びブランをなぎ倒した。


「そうそう、そうやって仲間割れしてたお二人さんの方が楽しめますです」


 ブランが先に立ち上がり、ルージュに手を差し伸べる。


「ごめん」

「一つ貸しですからね。ついでにもういくつか貸してもいいですわ」

「言うじゃない」


 ルージュは笑いながらブランの手を掴んだ。 


 ブランが駆け出し、道路に散乱する瓦礫を飛んでかわそうとした時、ルージュが後ろからブランに飛びついた。

 地面から引っこ抜くようにジャーマンスープレックスで後ろに放り投げる。


「なにをするんですか!」


 怒声を上げ起き上がるブラン。


 その瞬間、さっきまでブランがいた場所に槍のように鋭い鉄パイプが幾本も降ってきた。


 それを投げたコケオドスは眉間にシワを寄せ苦い表情をして舌打ちをする。


「ちゃんと返したわよ」

「ちょっと利子が多すぎるんじゃないんですか!」


 口調は荒いが、二人はなんだかとても楽しそうに見えた。


 コケオドスが四つん這いになって唸りを上げる。

 ヴーンという空気が震えるような低音が鳴り響く。


 耳をふさいでも、骨に直接響くような振動がコケオドスの胸の装置から発せられた。


 地面にひびが入り、細かい粒子が踊るように浮き上がっている。

 地盤が緩くなったのだろう、ゆっくりと周りの建物が傾きはじめた。


 三人の戦いを見て好き勝手言っていた観客たちも状況の変化に慌て始める。


 ルージュは建物を支えようとしたが、足元の地盤が振動し踏ん張りが効かなくなっているようだ。


「早く逃げてよ。どっちを応援したって構わないけど、自分の命くらいは守りなさいよね」


 ルージュが周囲の一般人に向かって叱責すると、蜘蛛の子を散らすよう観客たちは距離を取り始めた。


 振動を止めるべく、ルージュとブランがコケオドスに迫る。


 コケオドスにあと50cmほどで届く、といったところでまた空気の層のバリアに当たる。


 周囲の振動は止み、二人を阻むことにコケオドスは目的を切り替えた。


 距離を縮めるごとに、強くなる圧力をかいくぐって二人は強風に立ち向かうように体勢を斜めにして進む。


 あと僅かで手が届く、といったところで地面に浮いた砂利によってブランの足がすべり、一瞬にして後方に吹き飛ばされた。


 ルージュはそれを振り返りもせずに、ドリル・フリル・トゥシューズで地面を穿ちながらコケオドスへの距離を、亀が進むほどの早さで縮めていく。


 吹き飛んだブランは、ジェット・ガジェット・ラケットのボールを街灯に巻きつけるように放つと、スイングバイで再びコケオドスの方向へ飛ぶ。


 苦悶の表情でコケオドスの眉間に太い血管が浮き出る。


「さっきの利子の分、返しますよ」

「案外しつこいのね。どうせなら思いっきりね!」


 二人の僅かな会話の直後、ブランの体当たりがルージュの背中に命中する。


 勢いを得たルージュはそのまま距離を詰め、コケオドスの手を取る。

 そのままコケオドスの頭上を飜えり、背後に回りこむと、腕を極めた。


「時代を超えるフェイバリットホールド、卍固めよ!」


 倒れることもできず関節を極められたコケオドスは白目をむき、開いたままの口から大量の唾液を吹き出した。


 胸から放たれる振動がやみ、騒音のなくなった世界はまるで耳がおかしくなったかのようだった。


 戦いは終わった。

 フローラルキティン・ルージュ、ブランの二人の活躍によって。


 壮絶な戦闘を目の当たりにした観客たちは驚きと歓喜でスーパーヒロインたちの姿を見守った。

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