第32話
いくら修業を続けたくても、こちらの体制が万全じゃなくても、ショーの時間はやってくる。
怪人出現の予告が出てバクヒロはマミヤとキネコと共に現地に向かった。
途中で、以前コケオドスと戦った区画を横切った。
壊された建物はすでに撤去が済んでおり、何事もなかったかのように新しい建築の工事が開始されていた。
スーパーヒーローなどと言っても、しょせんは大きな経済の流れの一部だと見せつけられているようで、バクヒロは気分が沈んだ。
そんな中に、緊張感なく不平を漏らしながら避難する市民を見ていると、どうしても苛ついてしまう。
「余の話を聞け、民衆どもよ」
エコーのかかった声が聞こえてきた。
片側二車線の広い通りに面した歩道にコケオドスは胸のスピーカーから大音声を放射している。
バクヒロは戦闘区域を離れ、観戦しやすい場所に移動する。
別れ際、マミヤとキネコと目が合う。
何も言わず、三人で頷いた。
「フローラルキティン・ブラン」
手慣れたようにキネコが変身をする。
まばゆい光を放って、身体のラインがシルエットとして浮かび上がる。
長い髪が身体の回転に遅れるように広がる。
しなやかな動きでポーズを決めて光が弱まると、そこに白いスーパーヒロインがいた。
「フローラルキティン・ルージュ」
続いてマミヤが変身をする。
信じられないほど身体を折り曲げると、広いスペースを活かすように舞い、光彩に包まれた。
シルエットとして浮かび上がるその姿は、空中を重力を無視したように舞い、バネのある開脚をし、背骨をのけぞらせる。
それだけで一つのショーを見ているように、心奪われる変身シーンだった。
「咲く花、散る花、薫る花」
「刹那の艷に命を燃やし、世を彩る。魅惑の花天女、フローラルキティン・ブラン」
「フローラルキティン・ルージュ」
「ここに繚乱!」
一緒に練習なんてしてなかったはずなのに、二人の息はピッタリと合い、最後は声をあわせて名乗った。
それだけでバクヒロの胸は熱くなる。
この光景を母に見せてあげたかった。
きっと配信で見るだろうけど。
「随分もったいぶって出てきたじゃないの。またやられに来たの?」
「うるさいわね。あんたの演説はもっともらしいけど、人を馬鹿にしすぎよ。みんな、もっと自分で考えてんのよ。あんたに教えてもらわなくたってね」
ルージュが感情的に、ショートカットの髪を振り乱してコケオドスにつっかかる。
「だまらっしゃい、愚民どもには、教えないとダメなのです」
「何が好きか、何が怖いのか、そんなことは人に教えてもらうことじゃないの。アタシはアタシのやりたいようにやらせてもらうわ」
「まるで独裁者ね」
「みんなが自分の独裁者なのよ。正しいやり方を決めつけられた自由のない世界なんて、窮屈なだけ。間違いだと気づいたら、きちんとやり直す。それが人の強さなのよ」
「んもう、だから言ったじゃない。人は愚かなのです。限界があるの。バカの相手はしてられないのです。ねぇ?」
コケオドスが顎に指を当ててブランに問いかけると、間髪入れずにブランは答えた。
「アーッハッハッハ。下手の考え休むに如かずですわ。なんで壊されるのが嫌なのか。それは明白! 確かにあなた達の主張は分かる分かるよく分かる。私たちのすることは、今あるものを守るだけですから」
「あら、こっちの子は話が通じるじゃない。そうです?」
「でもある人に出会ってわかったんです。今のこの思いは、昔から、ずっと積み重ねてきた思いなんだって。建物も、人も、そこにあるってことは、今だけじゃない。その人が昔から、その人の親が、おじいちゃんおばあちゃんが、もっと前の先祖から。ずっとずっと積み重ねてきた歴史があるから。だから私たちの今は、私たちだけのものじゃない。きっとずっと先、自分の子供、未来の子孫に向けて受け継いでいかなければならないものだから。だから守る意味はあるんです。スーパーヒーローの、正義の血を受け継いだ思いを、その先に伝えたいんです! わかる? 私がわかったんだから、あなたもわかりなさい!」
ブランの言葉が世界中で一番響いたのは、きっとバクヒロだろう。
自分でも気づいていなかった。
スーパーヒーローが世襲制で、男であるバクヒロが継げないことも不満でしかなかった。
だけどバクヒロがスーパーヒーローになれなかったことにも、ブランは肯定してくれた。
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